閑話休題。
過去を思い出しながら書き連ねてましたが、いやー、、、改めて、なんて酷い…(苦笑)。
夫はもちろん、主治医も、なんなら私の親も、わからないから仕方ないとはいえなかなか酷かったなぁ…。
ここは私の正直な気持ちを書く愚痴吐きブログですし、率直に書いちゃいますけど、夫の両親にも結構酷いこと言われたりしました。
夫は三人兄妹の長男で下に妹が二人いますが、舅は夫が幼い頃から単身赴任でほとんど家にいなく、姑がほとんどひとりで育てたも同然だったようです。
高IQでよくお勉強ができ、子供の頃から天才と言われた夫は、姑から溺愛され、夫ちゃんはお勉強だけしていればいいのよと、過保護過干渉に育てられたようでした。
結婚した頃には舅は定年退職し家にいましたが、やはり家の切り盛りは姑であり、舅は…なんというか、物静かというか、色々しゃべっているんだけれどもあまり会話に参加しないというか…たぶん、夫のアスペルガーは舅の遺伝であろうと思われます。
結婚当初は私にもとても優しくしてくれ、穏やかでにこやかで、なんて優しいご両親なのだろう、こんな優しそうな義両親で良かったと思ったものでした。
私も気に入ってもらおうと私なりに頑張っていましたが、しばらく経つと、姑のふとした言動が気になるようになってきました。
例えば、うちに招待して私の手料理を出した時、「あら、海さんの味付けは薄味なのねぇ」とつぶやきつつ手を付けないといった…。
姑チェックというのでしょうか、タオルとかの備品や掃除チェックの時のセリフも…「高そうなもの使っているのねぇ。こういうところ、海さんは、夫上妹ちゃんにそっくりね」
姑はこの、夫の上の妹が大嫌いで、しょっちゅう悪口を言っていました。
下の妹は末っ子だからか、夫同様に溺愛していたようですが、同じ子供でここまで差を付けられるものか?!と、私にはちょっと理解出来ませんでした。
夫下妹さんはいかにも末っ子という感じでとても愛らしい人ですが、ちょっとこう、空気が読めないというか…。たぶんADDなんだと思いますが、個人的には下の妹さんより、よく顔の似た実の両親と兄に酷い対応されながらも、私への気遣いを忘れずにしてくれた上の妹さんの方が一緒にいてホッとしましたし、義両親や夫が言うような酷い人にはどうしても思えませんでした。
ですから夫にも、「夫上妹さんは両親からあんな風に言われていて可哀想。せめてあなただけでも味方になってあげて」と話したりしました。
さて。結婚初年度より、年末年始は夫の実家に帰省し、数日お世話になる習わしになりました。
ところが、私は昔から年末年始に体調を崩しがちで、酷い風邪や胃腸炎にやられることが多く、毎年恒例か?!という位でした。
結婚数年目のある年には、行く直前に酷い胃腸炎(たぶんノロ)になり、かろうじて下痢嘔吐がとまった大晦日、夫は淡々と実家に帰る準備をし、まだフラフラの私を連れて「高速は混んでるから」と、新幹線で行きました。
向こうについてからもグッタリで、何も口にしたくない、とにかく寝ていたい…姑にもまだ、そう言いたくても言えない年齢であり関係でした。たぶん今なら言えるけど…(笑)。
その時夫は、私に一切気を使うこともなく、いつものように姑に何から何までやってもらって、横になってテレビを観ているだけでした。
その翌年の年末、またしても酷い胃腸炎になった私は、「今度は行かない」と夫に宣言しました。
実はその頃、自営の仕事を法人化していましたが、経営がうまくいかなくなりお金に困っていました。
夫がひとりでやっていた自営の仕事を私が手伝うようになって、仕事も収入も増えたために、家を買ってオフィスを近くに借り、従業員も増やしていました。(Bクリニックにかわる原因となった引っ越しは、これが関係しています。)
ところが夫が他の人達とトラブルになり、従業員が全員辞める!と言い出す事態が発生してしまいました。
結局このときは、私が他の人達と話し合い、必要な人材には説得して残ってもらったんですが、一時的に経営が悪化しました。
そのためこの年末年始は、夫がお金を貸してくれるよう両親に頼んでくると言って帰省しました。
上記の通り、酷い胃腸炎になった私は家で寝ていたんですが、実家から帰宅した夫は激怒していました。
夫いわく、貸せるお金がないから貸せないと言われたと。
「でも、あんなにたくさんあった退職金がまだあるはずだ!車も新車に買い換えてたし、家のリフォームだってやって金がないわけない!」(頼んだ借金は二百万でした)
借金を頼む身でありながら、なんという勝手な言い草なんだろうと呆れました。
そう言うと、「お母さんはおまえの事も酷く言っていたぞ、借金を頼むのに夫婦揃ってこないとはなにごとだ!って!」
えええ?具合悪いって言ったんじゃないの?
「来たくないから毎年病気になるんでしょ!って言ってたぞ!」
夫はこうも言いました。
「都内なんかに家を買ったのは、海さんに言われたからなんでしょ、実家が近いから!、とも言ってたぞ!」
えええええ、、、、
夫の実家は、東京から新幹線で数時間の地方都市から、さらに車かバスで1時間ほどの、山に囲まれた大変にのどかな場所です。
そこで起業するのは不可能に近いでしょうし、そもそも大学から東京に出てきて地元に帰る気がなく、あんな田舎じゃ仕事もないと言っていたのは夫です。
そりゃ、そうできるなら私の実家の近くに家を買いたかったんですが、都内でも出来る限り夫の実家に行きやすい場所を選んだ結果、私の実家に行くにはとても不便な場所になりました。
いまはもう老いて介護の心配も出始めてきた両親からは「あなたのところは近いようで遠いわよね…」と言われる、電車でも車でも1時間以上かかる微妙に遠いところです。
そんな風に言われるくらいなら、最初から遠慮なく私の実家の近くで買えば良かった…。
クラクラしながらも、夫の実家に電話すると、確かに姑は“私に”激怒していました。
夫の言ったように、借金頼むのに夫ちゃんひとりで来させるなんて!常識がなさすぎる!とかとかとか…。
もう、私の話なんて聞く耳は一切なく、まったく会話が成り立ちませんでした…。
結局、その後私が実家に電話して事情を話し、私の両親から借りることになりました。
私の電話一本で、振り込んでくれました…。
(男兄弟がいないからオレオレ詐欺には騙されないと思うけど…オカーサンゴメンネ…)
これが、夫のプライドをひどく傷つけたようで、これを機に、夫は自分の実家と絶縁しました。
それから夫は、自分の両親をボロクソに言うようになりました。
例によって例の如く、どこまでが本当なのかはわかりません。B医師にも自分の都合の良いように事実をねじ曲げて伝えていたりしましたし。
でも、会社の経営に関して、うまくいかないのは私のせいだ、私を経営からはずせ!と舅がいい、姑もそうだそうだと同意していたという話は割と真実味があります。
この後にも、夫ちゃんがこんな風になってしまったのは鬼ヨメのせい!と周囲に言って回っていたようですが、私は正直、絶縁してせいせいしていました。
それでも私は、その時から今までずっと、夫に言い続けています。
「そうは言っても、あなたは長男として愛されて、大学卒業までずいぶんお金をかけてもらって、育てにくい子供だったろうに暴力やネグレクト受けることもなく育ててもらったんだから、その恩を忘れちゃいけないよ。
私はあなたの両親の面倒を見る気は一切ないけれど、あなたは自分の親なんだから、いざという時には面倒みなきゃいけないし、ひとりでも時々は電話したり実家に帰った方がいいよ」
数年前舅が亡くなったのを機に夫は姑と仲直りし、時々実家に帰省するようになりました。
実は舅が亡くなる少し前は、以前投稿した『夫の発達障害を診断してもらった話。』にも書いた、もう限界と感じて離婚を本気で決意したものの、夫の発達障害などが判明してこの先どうするか揺れ動いている頃でした。
発達障害が判明する前の、私が離婚を決意して手続きなどに動き出した頃、夫は姑に電話して事の次第を説明したそうですが、姑は、それは嫁が悪い!的なことを言っていたと、夫から聞きました。
夫もたいがいな嘘つきなので、本当かわかりませんが、本当だったとしても意外ではありません。
そんなことのすぐ後に舅が亡くなったので迷いましたが、一応まだ離婚していなかったから、葬儀や法事には出ました。その後も、頼まれれば最低限の事はやりますが、いまでも彼の実家と仲良く付き合おうという気持ちにはなれません。
もちろん、夫が実家の面倒を見るというのなら、まったく反対しませんし、私も自分の実家には出来る限りのことをしたいと考えています。
私自身もそうですが、私の親だってそう素晴らしい人格者でもありませんし、欠点もかなりたくさんある人達です。
老いて頑固になり、話が通じにくくなってきたし、父に至っては、少しアスペルガーっぽいところもあります。
それでも、子供の自立心を大切にしつつ愛された実感があるし、誰に対しても良い点もあれば悪い点もあるとバランス良く見る視点を癖づけてくれたのは、親の影響だと思っています。
過去を思い出しながら書き連ねてましたが、いやー、、、改めて、なんて酷い…(苦笑)。
夫はもちろん、主治医も、なんなら私の親も、わからないから仕方ないとはいえなかなか酷かったなぁ…。
ここは私の正直な気持ちを書く愚痴吐きブログですし、率直に書いちゃいますけど、夫の両親にも結構酷いこと言われたりしました。
夫は三人兄妹の長男で下に妹が二人いますが、舅は夫が幼い頃から単身赴任でほとんど家にいなく、姑がほとんどひとりで育てたも同然だったようです。
高IQでよくお勉強ができ、子供の頃から天才と言われた夫は、姑から溺愛され、夫ちゃんはお勉強だけしていればいいのよと、過保護過干渉に育てられたようでした。
結婚した頃には舅は定年退職し家にいましたが、やはり家の切り盛りは姑であり、舅は…なんというか、物静かというか、色々しゃべっているんだけれどもあまり会話に参加しないというか…たぶん、夫のアスペルガーは舅の遺伝であろうと思われます。
結婚当初は私にもとても優しくしてくれ、穏やかでにこやかで、なんて優しいご両親なのだろう、こんな優しそうな義両親で良かったと思ったものでした。
私も気に入ってもらおうと私なりに頑張っていましたが、しばらく経つと、姑のふとした言動が気になるようになってきました。
例えば、うちに招待して私の手料理を出した時、「あら、海さんの味付けは薄味なのねぇ」とつぶやきつつ手を付けないといった…。
姑チェックというのでしょうか、タオルとかの備品や掃除チェックの時のセリフも…「高そうなもの使っているのねぇ。こういうところ、海さんは、夫上妹ちゃんにそっくりね」
姑はこの、夫の上の妹が大嫌いで、しょっちゅう悪口を言っていました。
下の妹は末っ子だからか、夫同様に溺愛していたようですが、同じ子供でここまで差を付けられるものか?!と、私にはちょっと理解出来ませんでした。
夫下妹さんはいかにも末っ子という感じでとても愛らしい人ですが、ちょっとこう、空気が読めないというか…。たぶんADDなんだと思いますが、個人的には下の妹さんより、よく顔の似た実の両親と兄に酷い対応されながらも、私への気遣いを忘れずにしてくれた上の妹さんの方が一緒にいてホッとしましたし、義両親や夫が言うような酷い人にはどうしても思えませんでした。
ですから夫にも、「夫上妹さんは両親からあんな風に言われていて可哀想。せめてあなただけでも味方になってあげて」と話したりしました。
さて。結婚初年度より、年末年始は夫の実家に帰省し、数日お世話になる習わしになりました。
ところが、私は昔から年末年始に体調を崩しがちで、酷い風邪や胃腸炎にやられることが多く、毎年恒例か?!という位でした。
結婚数年目のある年には、行く直前に酷い胃腸炎(たぶんノロ)になり、かろうじて下痢嘔吐がとまった大晦日、夫は淡々と実家に帰る準備をし、まだフラフラの私を連れて「高速は混んでるから」と、新幹線で行きました。
向こうについてからもグッタリで、何も口にしたくない、とにかく寝ていたい…姑にもまだ、そう言いたくても言えない年齢であり関係でした。たぶん今なら言えるけど…(笑)。
その時夫は、私に一切気を使うこともなく、いつものように姑に何から何までやってもらって、横になってテレビを観ているだけでした。
その翌年の年末、またしても酷い胃腸炎になった私は、「今度は行かない」と夫に宣言しました。
実はその頃、自営の仕事を法人化していましたが、経営がうまくいかなくなりお金に困っていました。
夫がひとりでやっていた自営の仕事を私が手伝うようになって、仕事も収入も増えたために、家を買ってオフィスを近くに借り、従業員も増やしていました。(Bクリニックにかわる原因となった引っ越しは、これが関係しています。)
ところが夫が他の人達とトラブルになり、従業員が全員辞める!と言い出す事態が発生してしまいました。
結局このときは、私が他の人達と話し合い、必要な人材には説得して残ってもらったんですが、一時的に経営が悪化しました。
そのためこの年末年始は、夫がお金を貸してくれるよう両親に頼んでくると言って帰省しました。
上記の通り、酷い胃腸炎になった私は家で寝ていたんですが、実家から帰宅した夫は激怒していました。
夫いわく、貸せるお金がないから貸せないと言われたと。
「でも、あんなにたくさんあった退職金がまだあるはずだ!車も新車に買い換えてたし、家のリフォームだってやって金がないわけない!」(頼んだ借金は二百万でした)
借金を頼む身でありながら、なんという勝手な言い草なんだろうと呆れました。
そう言うと、「お母さんはおまえの事も酷く言っていたぞ、借金を頼むのに夫婦揃ってこないとはなにごとだ!って!」
えええ?具合悪いって言ったんじゃないの?
「来たくないから毎年病気になるんでしょ!って言ってたぞ!」
夫はこうも言いました。
「都内なんかに家を買ったのは、海さんに言われたからなんでしょ、実家が近いから!、とも言ってたぞ!」
えええええ、、、、
夫の実家は、東京から新幹線で数時間の地方都市から、さらに車かバスで1時間ほどの、山に囲まれた大変にのどかな場所です。
そこで起業するのは不可能に近いでしょうし、そもそも大学から東京に出てきて地元に帰る気がなく、あんな田舎じゃ仕事もないと言っていたのは夫です。
そりゃ、そうできるなら私の実家の近くに家を買いたかったんですが、都内でも出来る限り夫の実家に行きやすい場所を選んだ結果、私の実家に行くにはとても不便な場所になりました。
いまはもう老いて介護の心配も出始めてきた両親からは「あなたのところは近いようで遠いわよね…」と言われる、電車でも車でも1時間以上かかる微妙に遠いところです。
そんな風に言われるくらいなら、最初から遠慮なく私の実家の近くで買えば良かった…。
クラクラしながらも、夫の実家に電話すると、確かに姑は“私に”激怒していました。
夫の言ったように、借金頼むのに夫ちゃんひとりで来させるなんて!常識がなさすぎる!とかとかとか…。
もう、私の話なんて聞く耳は一切なく、まったく会話が成り立ちませんでした…。
結局、その後私が実家に電話して事情を話し、私の両親から借りることになりました。
私の電話一本で、振り込んでくれました…。
(男兄弟がいないからオレオレ詐欺には騙されないと思うけど…オカーサンゴメンネ…)
これが、夫のプライドをひどく傷つけたようで、これを機に、夫は自分の実家と絶縁しました。
それから夫は、自分の両親をボロクソに言うようになりました。
例によって例の如く、どこまでが本当なのかはわかりません。B医師にも自分の都合の良いように事実をねじ曲げて伝えていたりしましたし。
でも、会社の経営に関して、うまくいかないのは私のせいだ、私を経営からはずせ!と舅がいい、姑もそうだそうだと同意していたという話は割と真実味があります。
この後にも、夫ちゃんがこんな風になってしまったのは鬼ヨメのせい!と周囲に言って回っていたようですが、私は正直、絶縁してせいせいしていました。
それでも私は、その時から今までずっと、夫に言い続けています。
「そうは言っても、あなたは長男として愛されて、大学卒業までずいぶんお金をかけてもらって、育てにくい子供だったろうに暴力やネグレクト受けることもなく育ててもらったんだから、その恩を忘れちゃいけないよ。
私はあなたの両親の面倒を見る気は一切ないけれど、あなたは自分の親なんだから、いざという時には面倒みなきゃいけないし、ひとりでも時々は電話したり実家に帰った方がいいよ」
数年前舅が亡くなったのを機に夫は姑と仲直りし、時々実家に帰省するようになりました。
実は舅が亡くなる少し前は、以前投稿した『夫の発達障害を診断してもらった話。』にも書いた、もう限界と感じて離婚を本気で決意したものの、夫の発達障害などが判明してこの先どうするか揺れ動いている頃でした。
発達障害が判明する前の、私が離婚を決意して手続きなどに動き出した頃、夫は姑に電話して事の次第を説明したそうですが、姑は、それは嫁が悪い!的なことを言っていたと、夫から聞きました。
夫もたいがいな嘘つきなので、本当かわかりませんが、本当だったとしても意外ではありません。
そんなことのすぐ後に舅が亡くなったので迷いましたが、一応まだ離婚していなかったから、葬儀や法事には出ました。その後も、頼まれれば最低限の事はやりますが、いまでも彼の実家と仲良く付き合おうという気持ちにはなれません。
もちろん、夫が実家の面倒を見るというのなら、まったく反対しませんし、私も自分の実家には出来る限りのことをしたいと考えています。
私自身もそうですが、私の親だってそう素晴らしい人格者でもありませんし、欠点もかなりたくさんある人達です。
老いて頑固になり、話が通じにくくなってきたし、父に至っては、少しアスペルガーっぽいところもあります。
それでも、子供の自立心を大切にしつつ愛された実感があるし、誰に対しても良い点もあれば悪い点もあるとバランス良く見る視点を癖づけてくれたのは、親の影響だと思っています。