ある事件でAメンタルクリニックに通い始めて2-3年経った頃に、引っ越しをした私たち夫婦。
引っ越し先の徒歩圏内に発見したのが、Bメンタルクリニックでした。
当時はまだ開院してそれほど経っていない、小さな心療内科の院長であるB医師は、ちょっと恰幅の良い男性医師で、年齢は夫と同じくらいかな?
産業医でもあったので、いま話題の池袋の事故の犯人の特徴を知って、ちょっと思い出してしまいました…(笑)。

確かこの病院には、5-6年通ったと思いますが…たぶん…そんなに悪い先生ではなかったんだろうと思います。
のちに、結果的に私はこの先生に酷く傷つけられる事になりましたが、少なくとも時間的には、患者の話をよく聞いてくれる先生でした。
今は知りませんが、混んでいたし、人気の病院だったと思います。
私も当初は、ゆっくり話を聞いてくれるし、良い先生なのだと思っていました。
でも今となってはどうしても、B先生を表現するには辛口になってしまいます。

前のA医師は女性でしたし私も色々話しやすかったのですが、B医師との診察は始め、夫も同席していました。
このB医師は薬物治療を大変信頼している先生でした。
これまでの経緯を説明し、困っている症状などを伝えると「その症状にはこの薬が効くんです」と断言し、どんどん薬は増えていきました。
B医師は、○○の薬の副作用を○○の薬で抑え込んで○○をあわせると…と、まるで実験のように複雑な処方をし、それが少し自慢げでもありました。
この医師による処方は最後の頃、二週間分で大きめの紙の薬袋三袋にも及んでいました。
抗不安薬2-3種類、抗うつ薬2-3種類、睡眠薬3-4種類、これらによる副作用対策で、便秘薬やら胃薬やら鎮痛剤やら色々…。

しかし、どれだけ薬が増えても、全身のコリや痛み、不眠、パニック障害等々の諸症状はさっぱり良くなる気配がなく、それどころか鬱状態含めどんどん悪化していき、だんだんと、死にたい…と常に心のどこかで考えているようになっていきました。

あるとき、B医師から、入院治療を勧められました。
治療のために休養が必要だけれども、当時、夫の仕事をかなりの時間を割いて手伝いつつ、一切合切の家事も担当していたため、家にいると休む事が出来なかったために、強制的な休養のためにも入院治療が良いとのことでした。
大学病院を紹介する、期間は2-3ヶ月くらいだと言われました。
そんなに長く?!と思いましたが、私も早く治りたくて必死でした。

必死だったんです、私。とてもつらかったから早く治りたかった。
本当に真面目な患者でした。
B医師も薬で治ると断言していたし、症状を出来るだけ詳細に説明し、医師の処方通りきっちり服薬しました。勝手に多くしたり少なくしたりなんてしませんでした。

そして、紹介されたC大学病院の精神科病棟に入院しました。
このときの担当、C医師はなんというか…大学病院の若そうな勤務医にも関わらず、白い巨塔でも有名なあの大名行列、教授回診にもテキトーに参加するような、自由人という感じの医師でした…(笑)。
悪い先生ではありませんでしたが、私を診察する時間というか、話をする時間はあまりありませんでした。
でもこれは、B医師から「休養のために入院させたい」と聞いていたからかもしれません。…わかりませんけど(笑)。

入院用の精神科病棟は、上が閉鎖病棟と呼ばれ、行ったことないのでどんなのか想像も出来ませんが、重症患者が入院していました。
私が入院した下の階は開放病棟と呼ばれ、軽症患者が入院する病棟ですが、それでもやはり、私が想像していた以上に…私から見たら、重症と思われる患者さんばかりでした。
拒食症で痩せ細った思春期の女の子、閉鎖病棟から移ってきた天使と悪魔の声が聞こえるという統合失調症の若い女性、普段は明るくて話好きなのにちょっとした事で突然激怒し出す鬱病?の中年女性、私が入院してからほとんどしゃべっているのを聞いた事ないほど静かでうつろな表情をしていたのに、一ヶ月ほど経ち私の退院が決まった頃突然、誰も聞いていなくてもハイテンションで延々喋り続けた双極性障害の男性…。

そう、一ヶ月ほどで退院になりました。
何しろ、入院し始めたらとたんに、諸症状が著しく改善したんです!
C医師は天才?…いえいえ…なんて言ったら失礼ですが…(笑)。
いまとなっては、その理由がよーくわかります。
私は、カサンドラ症候群だったんです。
その原因である、発達障害であり、かつ、自己愛性人格障害であった夫と離れるのが、一番の治療でした。そんなことを教えてくれる人は誰もいませんでしたが…。
実際には、向精神薬の副作用などもあったんですが、この頃にはそれは全く想像も出来ませんでしたし、当初のB医師の言うとおり、入院によって仕事と家事から休養出来たのが良かったのだと思っていました。

ちなみにこの入院時の約一ヶ月間、着替えなどを夫に頼んで持ってきてもらおうと電話すると、酷く不機嫌になり、忙しいのに!と怒られたりしました。
一度、外泊許可をもらって帰宅したんですが、家は散らかりまくりで荒れ放題、私はその1泊2日にひたすら掃除と洗濯をしていました…もちろん、退院後も…。

もともと休養前提だったためか、入院当初から、他の患者さんは外出にも許可が必要なのに私だけ消灯時間以外は外出自由だったし、他の(私から見たら)重症患者さんに申し訳なく、いたたまれない気持ちがありました。
そこで、一ヶ月ほどでC医師に退院したい旨を告げると、即座に「いいよ!」と返事が…(笑)。

そういえば入院中、C医師により一時的に薬の処方がだいぶシンプルになりました。
その後またB医師のもとに通ううち増え続けていき、最終的には上記のような大量処方になっていましたが…。