新年早々の入院から3日たった日曜日。

職場に到着して身支度をしていると、
病院から電話。

父の容態が悪化し、集中治療室に入ることになったと。

飲み込みきれなかった薬と痰が喉に詰まり、窒息状態に。どういうわけか発見が遅くなり、一時的に意識を失ってしまったと。

えええ……

人手不足なのか
機械の不具合なのか
どうしてそうなったのか分かりませんが、それは後々きちんと説明を受けたいと思いますショボーン


病院から連絡を受けたタイミングでは父の意識も戻り 呼びかけにも反応があるとのことでしたが「今から来られますか?」と。

出社して早々でしたが、
上司に事情を説明して急いで病院へアセアセ


マスクを付けられ喋りにくそうでしたが、会話をすることが出来たのでとりあえずひと安心。あとは先生と看護師さんにお任せするしかありません。


今すぐにどうこうという訳ではないけれど、これは親戚にも連絡を入れた方が良いのかもしれない。

そう思ったものの……
もう数年会っておらず連絡先も分からない。

どうしよう…どうしよう…

……あ。

そういえば!
父のところには毎年叔母から
年賀状が届いていたはず…!

いったん父の自宅へ戻ることに車

あった!年賀状!
……が。
電話番号の記載がないガーン

その後もあちこちひっくり返して探すも手がかりは見つからず……

結局、
遠方の姉に連絡してみたら従姉妹とLINEで繋がっていて、そこから叔母の電話番号GET!

あとから冷静になって考えてみたら、
病室に置いてある「セキュリティ?何それ?」状態な父のスマホから調べれば良かったのに。なにもあんなに駆けずり回ることはなかったのだ昇天



数年ぶりに聞いた叔母の声。
ある程度の事情は姉から従姉妹伝いに聞いていたようで。

「大変だったね。」
「一人で心細かったね。」

そう言われた途端、緊張の糸が切れたのか、ホッとしたのか、涙が次から次へ溢れて止まらなくなってしまい……


あぁそうだ。
私は心細かったんだな。


その日の午後には
県外に住む叔母夫婦と従兄弟(父の甥)夫婦が駆けつけてくれました。

朝には酸素マスクをしていた父ですが、
午後には鼻のチューブだけになって
会話をすることが出来ました。

というか。
皆が来てくれたことが嬉しかったのか
めっちゃ喋る笑い泣き


こりゃあすぐ一般病棟へ戻れそうだな、
なんて呑気に思ってしまいました。

お父さんが嬉しそうで、
私も嬉しかった花


歳を重ねるごとに親戚付き合いが億劫になってしまって、仲良しだった従姉妹ともいつしか連絡をとらなくなり……

だけど今回こんなことがあって、
もっと普段からコミュニケーションを取っておくべきだったと反省しました。


そして考えすぎてしまう自分の性格についても考えさせられました(やっぱり考えすぎる笑い泣き)

どのタイミングで連絡したらいいんだろう?
見舞いに来いと催促してると思われる?
とかいろいろ考えちゃってたけど、
難しく考えることなんてなかったのに。

父と叔母
父と従兄弟

それぞれの築き上げてきた関係性があるのだから、どうするかはそれぞれが決めること。私はただ状況を伝えるだけで良かったんだよね。


久しぶりに会えて、
父だけじゃなく私も元気をもらえました。


とにもかくにも
まずは集中治療室から一般病棟へ移れるように祈ります!



楽天市場