しかし今度は3年の出向という長期間。
社内で1名程いた社員の中で3名選ばれた。
それぞれがそれぞれの役割があり、エンジニア、プログラマー、そして俺…全く意味が分からず…
何故俺がこのここにいるのか?
社長室に呼ばれ「君たちの力を発揮して是非頑張ってほしい」と…「何を頑張れと??」全く意味の分からないエールを送られ出向することに…
スタッフからも「大変だな」なんて気持ちの入っていない言葉を頂き3年の出向をすることに!
家族に話をしたら、意外と喜んでいた。祖父は就職直後に他界していたのでお墓に手を合わせ報告。多分喜んでくれたのだろう。
祖父の足元にも及ばないけど同じ会社にいることで何か一体感が生まれました。
気持ちが自然と前向きになったのを覚えています。
そして今回の出向は自分の人生に大きな影響を与えてくれた出向でした。
大きな影響は、当時付き合っていた彼女との結婚です。給料が低く中々貯金が出来ていなかったですが、出向をすることになり少しずつですが貯金ができるようになって、貯金額は全然貯まっていなかったが「結婚」を意識することが出来、結婚式までこぎつけることが出来た。
人生で初めての大舞台でした。
そして仕事の仕方。仲間の作り方(いい仲間・悪い仲間の作り方)。
それが、出向の3年間で自分が経験し学んだことでした。初めて仕事の仲間っていいなと思った瞬間でした。
ただこのあと自身の身勝手で悲劇が起こることはこの時知る由もありませんでした。
結婚をして生活がスタートしました。
アパートも借り、決して贅沢な生活ではありませんが、共働きをしていたのでそれなりの生活が出来るように…
独身の時と違い一緒に生活する相手がいること、実家での家族との会話とはまた違った話が出来ることに新鮮さを見出し順調に生活が進みだしました。
仕事も順調に回ってきた頃、同僚が今後の仕事にも関わりがあるからと先輩を紹介してくれました。
その人は飲みが非常に好きな人で、仕事の関りがあるから少しでも知っておこうと思い飲みの席に参加をしました。
当時、あまりお酒が強くなかったので飲みの席に対して否定的な感覚を持っていましたが、今後のことを考えれば背に腹は代えられないと思い、思い切っての参加でした。
元々下請けという感覚が十分にあったのでここで元請けの方たちと少しでもいい関係を築くことが出来れば会社にとっても自分にとってもプラスになると思いました。
しかし、この判断がのちに自分自身を破滅に追いやる結果になることになるとは…
会社の人の飲み会、そして元請けとの飲み会となると自身が思っていた飲み会(居酒屋で飲んで遅くに帰る)とギャップがあることに!大人の飲み会でした。
一次会は会社の同僚達もいる(男女いる)為、居酒屋へ。二次会から何グループかに分かれる。カラオケ行く人、飲みなおす人、帰る人、大人のお店へ行く人。
ここで選択をミスった…大人のお店に行くグループに強制加入。
初めて行くことに…
それからデビュー戦を終えたことで社内でも仲間内で飲みに行く際に必ず2次会は大人のお店へ。
ただ、自身は家族もいたので最小限に留めようと努力するも…
行かなかったときの話題の輪に入れないこともあり、徐々に参加を増やす方向に。
正直今思えばそんなこと気にせず家庭を大事にしておけばよかったと思っています。
ただ、当時は、ハラスメントということがあまり公になっていなかったので、自身の意思が弱かったこともあり波に呑まれてしまいました。
そして、飲み会が無い場合も少しでも仲間に話題を合わせれるように必死でした。
そして友達を誘って大人の店へ。
それを会社の先輩たちに話し更に溶け込むという今思えばバカなことをしておりました。
ただ、この方法しかその時の自分で生き残る方法は無いと思っていました。
しかしこういう生活をしていると自ずと家庭を顧みない方向に進み、夫婦間の意思疎通は無くなっていき家庭崩壊の一途を辿りました。
結果離婚。
これについては、正直言い訳のしようも無く、自分自身が未熟だったこと、家庭というものを軽く考えていたこと、自身の傲慢さから生まれた結果だと反省をしています。
当然実家から勘当。
一人でひっそりアパートを借りなおし生活。そのタイミングで3年の出向から戻り、1年ほど元の部署で働いたのち、営業部へ異動。
独り身で気持ちも落ちていたことから2年ほど働いて、10年以上働いた会社を退職をすることに。
離婚のことに向き合うたびに心が折れ何度命を絶とうか迷いました。
食事も喉を通らず一点を見つめるだけの生活が数カ月続き、勘当した両親が様子を見に来た時には自分の状態をみて号泣し、勘当を取り消しました。
その時の状況はとても人に言えない状況でした。
精神が壊れた状況だったとでも書いておきましょう。
あの時両親が様子を見ていなかったら多分今ここにはいなかったでしょう。
一つの選択のミスが何もかも失いどうしようもない状況にしてしまった結果でした。