砂の絶対王者・ヴァーミリアン(1) | Rosen Konig ローゼンケーニッヒ

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ブログタイトルは、シンボリクリスエスと、ローズバドの仔である、サラブレッドのローゼンケーニッヒ(ドイツ語で、薔薇(バラ)の王という意味・牡・毛色・黒鹿毛)に由来しています。

2010年12月19日(今日)付けで、1頭の黒鹿毛馬が、競走馬登録抹消され、現役を引退しました。


中央・地方・海外の競馬をまたにかけ、芝・ダートの両コースを走り耐えた馬で、砂の絶対王者といわれた、男馬がいました。


その馬の名は、ヴァーミリアン(朱色)です。



ヴァーミリアンは、2002年4月10日・北海道・勇払郡・早来町(現・安平町)・早来源武275番地にある、ノーザンファームで生産された、エルコンドルパサーを父に、スカーレットレディーを母に持つ、黒鹿毛の男馬です。


父の、エルコンドルパサー(EL CONDOR PASA=スペイン語でコンドルは飛んでいくという意です・サイモン&ガーファンクルの同名の曲より命名。)は、アメリカで生産された男馬で、現役当時・美浦・二ノ宮敬宇厩舎に所属 し、NHKマイルカップ・ジャパンカップなどに優勝したほか、サンクルー大賞典(フランス)にも優勝するなど活躍、1999年の年度代表馬にも選出された、引退し種牡馬になってからも、多くの産駒を輩出したが、腸捻転がもとで、2002年7月16日に、牡・7歳で息を引き取った。


母のスカーレットレディーも、競走馬として活躍した馬で、16戦1勝の成績を残しております。


1999年にノーザンファームで、繁殖入りした、スカーレットレディーは、サカラート・ヴァーミリアンなどの代表産駒を輩出しており、15歳になった現在も繁殖生活を送っています。


スカーレットレディーの2002の血統名だった、ヴァーミリアンは、幼年時代を送り、放牧地を走りながら、夢見ていました。


2004年・2歳になった、ヴァーミリアンは、早来ホルスタイン市場で行われた、産地馬体検査を受検、同時に、所属厩舎の、栗東・石坂正厩舎と預託契約をかわし、今年の12月8日の正式引退まで、在厩しました。

(現在・同厩舎には、半兄の、ソリタリーキングや、半弟で、今年の11月28日にデビューし、新馬(メイクデビュー)から、12月19日のサラ系2歳未勝利戦で、2戦目にして、初勝利を収めた、カーマイン(洋紅色・英)が、現役で活躍し、在厩しております。)


ヴァーミリアンは、2004年10月10日、京都競馬場の新馬戦(現・メイクデビュー・京都)に出走し、2着以下を抑えて、初勝利を収めました。


その後、2着続きが2回あった、ヴァーミリアンでしたが、4戦目のラジオたんぱ(現・ラジオNIKKEI)杯2歳ステークスでは、ぼくの大好きな馬で、既に安楽死した、ローゼンクロイツなどを抑えて、重賞初制覇を果たし、2歳での競走馬生活を終えました。


2005年・3歳になった、ヴァーミリアンは、スプリングステークスに挑んだが、14着と大敗、次の皐月賞・京都新聞杯でも、12着に終わっており、日本ダービー参戦を断念したが、神戸新聞杯でも、ディープインパクトの10着と敗れたので、芝に見切りをつけ、ダートコースへの参戦に切り替えて、勝利を目指すことになりました。


砂の絶対王者・ヴァーミリアン(2)へ続く。