(沖縄の海)



セバスチャンが亡くなり、


お会いする誰もが


"家族思いのセバスチャンという人間"


が亡くなった悲しみに寄り添ってくれる。



その一方で、


全く違う、

家族の知らない、


別の顔をしたセバスチャンの


生前の有り様を知ってしまった衝撃は、


どう表現したらいいのかわからない...


セバスチャンの外面と、

セバスチャンの正体とのギャップ...


あまりに違いが大きくて、

あまりにもショックで、

あまりにも酷くて、


その葛藤で、今も苦しくて苦しくて


私は、意識して息をしないと、


呼吸することを忘れてしまいそうになる。


........................




セバスチャンの実家は地方にある。

遺骨はセバスチャン父の眠るお墓に。

本当は、自宅近くのお寺にも分骨で供養していく予定だった。


しかし、


この、とんでもないことが明らかになり、それは中止に。


それどころか、


家でセバスチャンを供養することは不可能な状態となり、


お寺にお願いして、遺骨、遺影、位牌、全てを四十九日法要まで預かってもらうことになった。。。



...........



セバスチャンの逝去から2週間が過ぎ、

私は、様々な手続きに追われていた。


意識して触れないようにしてきた、セバスチャンのPCや携帯。

パスワードすら残してないから、

中に入るまでにずいぶん時間がかかった。


そして、


中身をいろいろ調べていくうちに、

明らかに「何かある」....

と、私の心拍数がどんどん上がっていく。。。



そして、

これか。。。


と、私は凍りついた。


「何かある」の正体

とうとう見つけてしまった。。。


(出雲の朝日)



何ごともない人生などない、


人はみな、いろいろ、いろいろ、


抱えながら生きている。


だけど、、、




他人様の人生は、


見えてる部分しかわからないから、


ときに


人間は「嫉妬」という心の渦を生む。


そんな渦が、14年も前からあって、


それが、


私の知らない、


全く気が付かない間に、


大きな、大きな闇を作っていた。


え?


こんなこと、


私の人生に?


どういうこと?


いったい、なに?

......


そんな経験をした。


いや、今も現在進行形だ。。


いろいろなテレビドラマを見て、


ストーリー展開にびっくりしてだけど、


私の人生こそ、ドラマだった。

脚本家はどこにいる?叫び




あるカウンセリングで、


"人間界って、そうなんですよ。

これが人間界なんです。

同じ道を一緒に歩んでいるようでいて、

実は

それぞれに違う色味を持って

一緒に歩んでいる。

だから、

人生は面白いし、

滑稽だし、

恨めしいし、

彩り豊かになる。

これが、人間。。。

青みがかった赤と、

白みがかった赤と、

同じ赤だよね?うん!

って2人で言いながら...

だから、

2人はすれ違ってもないし、

迷子でもない。

ただ、

風の時代は

隠していたことが捲れる。

捲れたところに

変なのがいたってだけ。

ただ、それだけ。"


こうやって、

私とセバスチャンは歩んでいたらしい。


なんだか、とても深くて難しい...


私は、

過去の自分の生き様に向き合って、

必死に理解しようともがいている。。。


...........



Facebookで友達として繋がっていた

リアルに付き合いのあった友達のM子。


子供同士が仲良くて、

私たちは、ママ友だった。


海外でメルが通った学校で知り合った

メルの友達のママ。


私は積極的に仲良くしたかったけど、

なんだか、あまりご縁がなくて、

私は現地でも仕事をしていたから、

このママ友と

なかなか一緒に楽しむ機会は多くなくて、

彼女には、メルがお世話になるばかりだった。

素直に、感謝しかなかった。

私の中の彼女の存在は、

それ以上でも

それ以下でも

なかった。


でも、


この人が、


私の人生に、深く、深く、深く、


関わっていたなんて.....


Facebookは、


彼女にとって、


私たち家族の様子を見るには、



都合の良いツールだった。



私たち家族のこと、


ずっと

ずっと

ずっと


覗き見しては、嫉妬し、

秘め事の優越感に酔いしれていたなんて、


知らなかった。。。



一つ言えることは、

自分がわからない人、

自分をわかってない人、

は、

他人様のことが羨ましくてたまらない。

なぜかって?

自分の目の前にある

大切な光に気がつかないから。。。

そして、

自らの邪な欲望のまま

自らの手を汚していることに

気がつかないまま、

やがて、

時は来て、

後悔の道に進む。。。

 



だけど、


お天道様は見ていた。



「こと」は、


静かに、


確実に、


始まっていた。。。


何ひとつ


順番が狂うことなく、


全てに意味を持って。。。






わからない.....


家族ってなに?

愛ってなに?

人生ってなに?


わからない、わからない......


何もわからない。

何も信じられない。


私はいま、

たぶん、

今世最大の課題に向き合ってる。


.......



セバスチャン、あなたは、いったい誰?

私がずっと一緒にいた、この男はいったい誰だったの?

誰か、教えて欲しい。。。



..............




2021年夏、それは突然だった。

人間ドックの再検査で、セバスチャンに癌が見つかった。その癌は、静かにエネルギーを持ち、長い時間沈黙していた。だから、検査で分かるまでは、本人も自覚がなかったようだった。だけど、この癌は、とてもとても強い癌だった。


セバスチャンは、癌の確定診断が下りてから、私に初めてその病気を告白してきた。


「何か、ある。」


そう、私の潜在意識が「何か」を感じていたのは、実は、もうずいぶん前から。。。

だから、

その「何か」が「これ」だったのか...

という、

変な納得感があった。

そして、もちろんショックだった。


だけど、


なぜか、私の深い部分で、

静かに安堵する自分を感じた。

......


「これ」が、その「何か」の正体なら、

よかった。と、思っている私がいる。


なぜ?

.......


わからない。



......



それから、

必死にに向き合う日々が始まった。

病気を深く理解するためにいろいろ勉強した。

日本中から、世界中から、

あらゆる情報を集めて分析。

どんな治療法があって、

どんな専門医がいて、

どんな薬があって、

どんな症例があるのか、

誰にも遠慮なんかしてられなかった。


とにかく、必死だった。

とにかく、何とかしなくては、って思った。

とにかく、とにかく、とにかく、

前だけを向いて、走ってた。


どこかに正解があって、

どこかに奇跡があって、

どこかに達成があると、

信じていた。


私は、本気だった。


......

これから、どんどん弱って、

落ちて行ってしまう

なんとか、そのをつなげようと


ただ、それだけを考えることに決めた。


その癌の専門医、研究室、スーパーDr.と言われる医師たちとのコネクションを探し、あらゆる病院を訪問し、医師たちと何度も面談を繰り返す。西洋医学、東洋医学、あらゆる民間療法だってほとんど全てやってみた。


神様にもお願いした。

セバスチャンのベッドには、日本中の神社仏閣からいただいて持ち帰った20個以上の病気治癒願いのお守りがついていた。

私は毎朝八幡宮にも参拝し、神様にお願いをする。

朝日の写真をセバスチャンに送っては、お日様の力を借りて毎日毎日励まし続けた。


もちろん、

セバスチャンも頑張って治療に臨んでた。

それは、事実。。。


だけど、


事実は、

私が見えてることだけじゃなかった。

私が信じていたことだけじゃなかった。

私が

私が

私が

..........


誰か教えて欲しい。


セバスチャンって、だれ