ほんのりと暖かい
そんな夜だった
夜気には、僅かな湿り気と鼻孔を擽る春の匂いが溶け
長年バイクに乗って来た俺の “何か” を誘い、刺激する
今日は、イイ夜だぞ と
家に帰り、汗を洗い流し 夕飯を食う
今日は、独りだ
TVを点け しばらくボンヤリと視線を向けるが
全く頭に入って来ない
明日は日曜だが、仕事だ
年度末進行の中を、社員皆で喘ぐように頑張っている
関係ないか
部屋着を脱ぎ捨て、GOLDWINのカーゴパンツに足を突っ込む
一度、窓を開けて気温を再確認し
黒のヒートテックに、薄手のダウンを
駐車場に降り特大のチェーンロックを外して、カバーを取り去ると
美しい狼のような体躯が現れた
「行こうか」
夜が身体に流れ込んで行く
優しさとしなやかさを損なわない加速
ゆったりと、疎らな車の間を縫いながら 逸る心の鎖を外して行く
焦らない
コイツは、そういう焦げ臭い衝動は似合わない
ソコが気に行っていた
5号線の入り口
風を掻き分けて
緩やかな坂を一気に駆け上がる
白い街灯の列が、滑走路のように浮かび上がる
俺は胸一杯に闇を吸い込むと
モードセレクターを『WET』からいきなり『RACE』に切り替えた
極上の蹴り脚
躾けられてるのとは明らかに違う類いの
あくまでも滑らかな高加速
遅いのでは無い
綺麗な線の繋がりを持って、俺の身体がワープする
まだ、慣らしは7500rpm縛り
俺は6500までしか使わないと決めていたが、リミットまでは容赦しない
「・・・凄い」
何でも出来る
そんな状態のまま、メータが160を示している
この速度では、まぁまぁのキツさの左カーブ
右足が上から下まで、綺麗に車体を掴む
細く優美な、タンクからシートにかけてのラインが、R1とは比べ物にならない程のホールド感を造る
両手両足で車体を掴んだ感覚
絶妙の幅と車格
誂えたようにフィットする、ハンドルに手を添えた状態の身体の形
(コレだよ コレが欲しかったんだ)
俺の中での『バイク』のイメージ そのもの
2つの車影の合間を斜めに潜り抜けながら、更にインに切り込む
何だ、この自由度の高さと安定感は
スピードに全くトゲが無い
路面を蹴る力の、圧倒的なプロデュース能力が
リキテックスを塗る刷毛のように、アスファルトを滑って行く
返す刀で右
タクシーが邪魔だ トラックの向こうが空いている
加速して 溜めて 打ち抜いて
ゆったりとした弧月が、暗灰色の路面に浮かぶ
気持ちいい
こんなに気持ちいいのは、初めてだ
あっという間に銀座を過ぎ
腹ペコの子供のように、2周目に
桜が闇に浮かんでいた
皇居の堀の水面に揺れる光を眺めながら、「左下」に向かってノーズを向ける
オレンジの水銀灯に包まれながら、長く続くカーブを何処までも下って行くと
4号線との合流
驚異的な流れの良さだった
まだ、21時をいくらか過ぎたぐらいなのに
箱崎と渋谷線の合流以外で速度を落としていない
もう、楽しくて楽しくて ついつい3周目に入ってしまった
9号 新木場線
さすがに、タコメーターが6速リミットに届き アクセルを緩める
エンジンが「もう、いいのか?」と囁く
ああ、今日はいいよ
お前とは、ゆっくりやって行く
ノーブレーキで辰巳の右に飛び込む
車体は一切不和を唱えない
穏やかな気持ちで湾岸を駆け抜け
レインボーを渡り
芝浦に滑り込む
「ん?」
コーヒーを買い、煙草に火を点けながら戻ると
目を輝かせて、俺のバイクを見ている若い奴がいた
俺が近付くと、小さく会釈をして
「あなたのですか?」と聞く

「カッコイイでしょ?」
俺は、ニッコリ笑いながら言った
40年近く現役のパンクロック
ウィルコ・ジョンソンが来日した時も
熱烈なオファーを受けたり
スタイリッシュで格好良く、威圧感が無くて
いつも、ハッピーなロックを発信していた
シーナさん
お疲れ様でした
すっかり日も暮れ
工事用の照明に照らされた室内には、もう俺と大工さんが1人だけ
一通り配管の位置と墨出しの寸法を再確認すると
塵取りに集めたゴミをガラ袋に入れて肩に背負い、外に出る
( ・・・ん? )
ふと、妙に寒くない事に気が付いた
少し甘い湿気を含んだ夜気が、全身を優しく包む
造成地の真ん中
辺りは、家もまばらで 夜は暗い
昨日までの寒さが噓のようだ
( ・・・そろそろ、冬も終わりなのかな )
現場を出て、帰路につく
タバコに火を付け、窓を少し開け
そのまま全開にして 肘をのせる
やっぱり、気温が上がっている
興味もないラジオをつけっばなしにし、煙を吐き出しながら ボンヤリと窓の外を眺め
流れるライトに名前を付けて行く
納車はまだ先だ
それでも、アレコレと細かい準備は進めている
車両だけが手元に来れば
って訳には行かない
俺の中では、色んな事が目まぐるしく回っていて
それはきっと、ベテランになればなるほど
様々な通過儀礼を済ませて行く事までもが、楽しみになって行くものなのだろう
そんなに予算は掛けられないが、新調したいものや
バイクとの暮らし方だって
こういう機会に、少し見方を変えられる
ライフワークって、こういう感じなんだろう
今までやらなかったような事もしたい
行かなかった所にも行きたい
脳細胞ってのは
繰り返しやった事に対して、使う意識やエネルギーを 効率よくする事で減らし
どんどん無駄を無くして行くんだそうだ
だから、多分
俺なんかがバイクを運転している時に、意識を傾ける量は
初心者のソレと比べれば、驚くほど少なく
ただ走るだけなら、半分寝てても問題ないぐらいにすら感じるのだ
鼻歌混じりの散歩
それが、まるで違う景色に
どんな音で唄い
どんな風に跳び
どんな走りをしてくれるのか
焦る事はないさ
道は繋がってる














