ジューンティーンス・ナショナル・インディペンデンス・デー | 夢老い人の呟き

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明日、6月19日はJuneteenth(奴隷制度廃止記念日)。

46州とコロンビア特別区(ワシントンDC)では祝日ですが、Federal Holidayではありませんでした。

 

■Juneteenth National Independence Day

しかし17日、バイデン大統領 が6月19日を奴隷制廃止を記念する連邦の祝日とする法案に署名し、 「ジューンティーンス・ナショナル・インディペンデンス・デー(Juneteenth National Independence Day)」と名付け、 連邦の祝日となりました。

 

 

 

エイブラハム・リンカーン大統領が奴隷解放宣言に署名したのは1863年1月1日。

しかし1865年に南北戦争が終結し、合衆国憲法修正第13条が制定されるまではデラウェア州ケンタッキー州では奴隷制度は合法でした。

そして本当の意味の奴隷解放は、北軍のゴードン・グレンジャー将軍が黒人が奴隷にされていた最後の地区、テキサス州ガルベストンにて奴隷解放宣言をした1865年6月19日でした。

 

Juneteenthの名前の由来は June and nineteenth 、スペルの一部が脱落していますが、6月19日です。

 

 

■アメリカ合衆国憲法修正第13条のトリビア

米国憲法修正第13条は次のような内容ですが、じつはちょっと面白い小ネタがあります。

修正第13条[奴隷制の禁止] [1865 年成立]

第1項 奴隷制および本人の意に反する苦役は、適正な手続を経て有罪とされた当事者に対する刑罰の場合を除き、合衆国内またはその管轄に服するいかなる地においても、存在してはならない。

第2項 連邦議会は、適切な立法により、この修正条項を実施する権限を有する。

 

アメリカ合衆国憲法修正第13条は、第38アメリカ合衆国議会により1865年1月31日に各州の議会に提案されました。

修正案はその時の州の4​分の3以上の州によって批准されれば有効となりますが、第13条は1865年に州になっていた36州の4​分の3の27州で批准され、布告されました。

 

ギリギリの州で批准されましたが、全ての州で批准されたのは、何と1995年です

  1. オレゴン州(1865年12月8日)
  2. カリフォルニア州(1865年12月19日)
  3. フロリダ州(1865年12月28日)、1869年6月9日に再確認
  4. アイオワ州(1866年1月15日)
  5. ニュージャージー州(1866年1月23日)、1865年2月8日に一旦否決
  6. テキサス州(1870年2月18日)
  7. デラウェア州(1901年2月12日)、1865年2月8日に一旦否決
  8. ケンタッキー州(1976年3月18日)、1865年2月24日に一旦否決
  9. ミシシッピー州(1995年3月16日)、1865年12月5日に一旦否決 

こうやって見ると人種差別、黒人蔑視の根は深いようです。

日本人だって全く他人事ではありません。

 

 

■黒人虐殺の街タルサ

バイデン大統領は初めてJuneteenthを連邦の祝日としましたが、今月1日に現職の大統領として初めて黒人虐殺の街タルサを訪れ、追悼しました。

 

 

 

以下引用

 バイデン米大統領は1日、南部オクラホマ州タルサで起きた黒人虐殺事件から100年となる節目に現地を訪れ、追悼演説を行った。「これは暴動ではなく虐殺だった」と述べ、強い言葉で事件を非難した。

 

バイデン氏はタルサでの演説で、人種格差是正に向けた政権の新たな取り組みの概要を示すとともに、白人の暴徒によって殺害された黒人数百人を追悼した。暴徒は黒人の住むグリーンウッド地区を襲撃し、数十区画を焼き払った。

 

バイデン氏は演説で「100年前のこの時間帯、6月1日のタルサの空は煙で黒く染まった。煙は灰燼(かいじん)に帰したグリーンウッドの35区画から立ち上った」と言及。死者や逮捕者についての適切な記録はないと言い添えた。

 

 

さらに「24時間足らずの間に、黒人の住宅や企業など1100棟が失われた。黒人の多くは保険に加入していたが、保険会社は損害の請求を認めなかった。1万人が困窮して家を失い、収容キャンプに入れられた」とも語った。

 

バイデン氏はグリーンウッド地区を壊滅させた虐殺の詳細を振り返り、「文字通り地獄が解き放たれた」と形容。

 

「これは暴動ではなく虐殺だった。米国史上最悪の規模だが、虐殺はこれだけではない」とした上で、「(タルサの事件は)あまりに長い間、歴史から忘れられていた。事件発生直後から、私たちの集合的な記憶からこれを消し去ろうとする明らかな試みが行われた」と述べた。

 

そのうえで、2017年にバージニア州シャーロッツビルでの右派の集会で起きた衝突や、今年1月の米議事堂襲撃事件に触れ、白人至上主義を「我が国に対する今最も大きな脅威」と呼んだ。

引用終了

 
分断され黒人やアジア系に対するヘイトが過激化したアメリカですが、これから良い方向に向って欲しいと思います。