ロシアのプーチン大統領が北方領土の択捉島を初めて訪問した。
択捉島は太平洋戦争を忘れた人たちにとっては、北方領土の島の一つにすぎないでしょうが、実は太平洋戦争始まりの島なのです。
一水会は右翼団体ですが、歴史や人の命を真摯に捉えているので、私は正統派右翼団体と評価しています。
ロシアのプーチン大統領が北方領土の択捉島を初めて訪問した。これまでにメドベージェフ氏が2010年、当時の大統領として国後島を訪問したが、プーチン大統領は初めてである。…
— 一水会 (@issuikai_jp) August 13, 2026
1941年11月26日、日本海軍機動部隊( 南雲忠一中将率いる南雲機動部隊)が真珠湾攻撃のため、択捉島(えとろふ島)の単冠湾(ひとかっぷ湾)を出発しました。
択捉島から出発した理由は、過去10年間11月から12月にかけては北緯40度以北を航行した船舶が皆無であるためで、奇襲の隠密行動のため北方航路を採用したのです。
図出典:真珠湾攻撃
南雲忠一中将を指揮官とする機動部隊は、大型空母6隻(「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」「瑞鶴」「翔鶴」、戦艦「比叡」「霧島」)、巡洋艦3隻(「利根」「筑摩」「阿武隈」)などを主力とし、航空部隊は戦闘機120機、攻撃機144機、爆撃機135機の合計399機という大戦力だった。
11月26日、択捉島から密かにハワイ北方海域へ向かい、12月2日、連合艦隊司令部よりニイタカヤマノボレヒトフタマルハチ (ニイタカヤマノボレ1208)が送信され、日本時間12月8日(アメリカ時間12月7日)真珠湾攻撃を開始しました。
この攻撃によりアメリカ海軍は甚大な被害を受け、太平洋戦争序盤は日本軍が圧倒的に優勢に進めました。
歴史についてはいろいろな見方があるでしょうが、出来るだけ事実を正しく知るべく努力し、何を失ない何を得ることが出来たか深く考え、後世に伝えることが大切だと思います。
真珠湾攻撃については詳しくはこちらをお読みください。
