大規模災害や今回のコロナ禍のような事があると必ず出てくるのが、現行憲法では対処できない、憲法改正が必要だという意見です。
これについては私は現行憲法で十分対処できると考えています。
まず最初に認識しておくべきことは、国民を縛るのは法律であり、緊急事態に対処する根拠とされるのは憲法ではなく法律です。
憲法は法律ではなく、法の頂点であり憲法に反する法律は無効であり、いうなれば国民が国家を縛るものといえます。
法の構成 (この図は中学の復習です) 憲法を頂点として、上にあるほど、強い効力をもちます。強い下位にある法が、上位にある法に反することはできません。 なお、図中の「命令」とは、内閣がさだめる政令や、省庁がさだめる省令のことです 。出典:高等学校商業 経済活動と法/法律学の入門
緊急事態への対処を定めるのは法律です。
しかし憲法に反する法律は出来ませんので、緊急事態に対処するための法律を作るのに、憲法が妨げとなるか否かが問題です。
では憲法が緊急事態の対処の妨げとなるでしょうか?
私は妨げとはならないと考えますが、改憲したい人達は人権や財産権などが、緊急事態に対処するための立法の妨げとなると考えているようですので整理してみたいと思います。
ここでポイントとなるのは憲法第13条の幸福追求権(国民保護義務)と人権条項に付される「公共の福祉」という文言だと思います。
この二つにより、国民の命を守るために必要な法律を作るために、現行憲法が妨げとなることはないと考えます。
〔個人の尊重と公共の福祉〕
第13条 すべて国民は、個人として尊重される。
生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
憲法第13条は“衆憲資第94号「新しい人権等」に関する資料”に書かれているように現在では人権の根拠となり、幸福追求権と呼ばれます。
この13条により、政府には国民の命と幸福を守る義務、国民保護義務があるとし、政府の最も基本的な任務です。従って他の条文が国民保護を妨げる場合、国民保護が優先すると考えるのが合理的です。
例えば憲法第9条では戦力の保持は禁じられていますが、外国から侵略を受けた場合に第9条により国民保護義務を放棄するなんてことはあってはなりません。
従って憲法第9条の例外が認められ、外国から侵略があれば国には国民を守る義務があり、個別的自衛権は合憲となります。
同様に災害にしろコロナにしろ政府には国民保護義務があり、そのための立法には現行憲法は妨げにはなりません。
※人権については事項をご参照ください。
但し集団的自衛権は国民保護義務の範疇を超えると思います。
参考“いまさら聞けない「憲法9条と自衛隊」~本当に「憲法改正」は必要なのか?”
憲法の人権条項には必ず「公共の福祉に反しない限り」という但し書きがついています。
〔自由及び権利の保持義務と公共福祉性〕
第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は,国民の不断の努力によつて,これを保持しなければならない。又,国民は,これを濫用してはならないのであつて,常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
〔個人の尊重と公共の福祉〕
第13条 すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。
では公共の福祉とは何かというと人権と人権の調整で、「公共の福祉に反しない限り」とは他人の人権を侵してはならない、他人に迷惑をかけてはならないということです。
従って他人の人権、生きる権利を守るためには、人権が制約される場合もあります。
例えば、表現の自由を行使するAさんと、プライバシー権を主張するBさんが衝突した場合には争いが起こります。そこで公共の福祉という概念を考えるわけです。
人権は当然尊重されるべきものですが、他人に迷惑をかけない(他人の権利を侵害しない)範囲で尊重されます。その結果、プライバシー権を守るために、それを侵害する表現の自由を制限する、ということが起きます。
コロナについては例えば感染者が入院を拒否する場合、もし帰宅して他人に感染させる可能性があれば、それは不特定多数の他人の人権を侵すことになりますので、公共の福祉に反することになります。
よく問題とされる財産権もこのように書かれています。
第29条 【財産権】
第1項 財産権は、これを侵してはならない。
第2項 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
第3項 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
他人を侵害する場合や経済的な弱者を守るためなどの社会的な事情から、合理的な規制を受けることがあることとなります。
最後に国家緊急県の憲法上の位置付けについて政府答弁を紹介します。
政府答弁
(1)現行憲法下における緊急事態立法の可否
現行憲法のもとにおいて非常時立法ができるかというお尋ねでございますが、非常時立法というものにつきまして、もともとこれは法令上の用語ではございませんから明確な定義があるわけではございませんけれども、まあわが国に大規模な災害が起こった、あるいは外国から侵略を受けた、あるいは大規模な擾乱が起こった、経済上の重要な混乱が起こったというような、非常な事態に対応いたしますための法制として考えますと、それはあくまでも憲法に規定しております公共の福祉を確保する必要上の合理的な範囲内におきまして、国民の権利を制限したり、特定の義務を課したり、また場合によりましては個々の臨機の措置を、具体的な条件のもとに法律から授権をいたしまして、あるいは政令によりあるいは省令によって行政府の処断にゆだねるというようなことは現行憲法のもとにおいても考えられることでございまして、現に一昨年の11月に国会で非常に多大の御労苦を願いまして御審議いただきました国民生活安定緊急措置法というものがございます。・・・・また古くは、災害対策基本法の中で、非常災害が起こりました場合に、財政上、金融上の相当思い切った措置を講じ得るようになっておりますが、これもそのたびごとに政令をもって具体的な内容を規定いたすことになっております。
このように、現憲法のもとにおきましても特定の条件のもとにおいてはこのような立法ができることは、すでに現在先例を見ていることから言っても明らかでございまして、いわゆる非常時立法と申すものにつきまして、一定の範囲内においてこれを制定することができることは申すまでもないと思います。もちろん、旧憲法において認められておりましたような戒厳の制度でございますとか、あるいは非常大権の制度というようなものがとれないことは当然のことでございますし、また、現段階において全面的な広範な非常時立法を考えているというような事態はございませんことを申し上げておきます。(昭和 50 年 5 月 14 日 衆・法務委 吉国法制局長官答弁)
(2)緊急事態法制と国民の権利・義務との関係
イ 武力攻撃時における国民権利の制限及び義務の賦課
○一般論として申し上げますと、我が国が外部から武力攻撃を受けた場合、国家国民の安全を守ることは公共の福祉を確保することにほかならないことでありますから、そのために必要がありますときには、合理的な範囲において法律で国民の権利を制限し、もしくは特定の義務を課すことも憲法上許されるものと考えております。もっとも、そのような場合におきましても可能な限り国民の権利を尊重すべきことは言うまでもございません。(平成 13 年 4 月 3 日 参・外交防衛委 岩橋内閣官房内閣審議官答弁)
○先日の委員会で前原委員からお求めのありました武力攻撃事態における憲法で保障している国民の自由と権利についてを御説明申し上げます。 武力攻撃事態における憲法で保障している国民の自由と権利について
一 武力攻撃事態対処法案(以下「法案」という。)第三条第四項において、「武力攻撃事態への対処においては、日本国憲法の保障する国民の自由と権利が尊重されなければならず、これに制限が加えられる場合は、その制限は武力攻撃事態に対処するため必要最小限のものであり、かつ、公正かつ適正な手続の下に行われなければならない」と明記し、武力攻撃事態への対処と国民の自由と権利との関係に関する基本理念を述べているが、これは、憲法における基本的人権についての考え方にのっとったものである。
二 すなわち、憲法第十三条は、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、......立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」と定めているところである。他方、同条自体が「公共の福祉に反しない限り」と規定しているほか、憲法第十二条その他の規定からも、憲法で保障している基本的人権も、公共の福祉のために必要な場合には、合理的な限度において制約が加えられることがあり得るものと解される。また、その場合における公共の福祉の内容、制約の可能な範囲等については、立法の目的等に応じて具体的に判断すべきものである。
三 したがって、武力攻撃事態への対処のために国民の自由と権利に制限が加えられるとしても、国及び国民の安全を保つという高度の公共の福祉のため、合理的な範囲と判断される限りにおいては、その制限は憲法第十三条等に反するものではない。 国民の自由と権利の制限の具体的内容については、この基本理念にのっとり、今後整備する事態対処法制において個別具体的に対処措置を定めていく際に、制限される権利の内容、性質、制限の程度等と権利を制限することによって達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合的に勘案して、定めることとなる。また、損失補償を含め、救済措置等についても、その際に定めることとなる。
四 このため、具体的な対処措置がすべては定まっていない現段階において、武力攻撃事態において制約される自由・権利と武力攻撃事態において制約されない自由・権利を確定的に区分することは困難であると考えている。五 ただし、例えば、憲法第十九条の保障する思想及び良心の自由、憲法第二十条の保障する信教の自由のうち信仰の自由については、それらが内心の自由という場面にとどまる限り絶対的な保障であると解している。しかし、思想、信仰等に基づき、又はこれらに伴い、外部的な行為がなされた場合には、それらの行為もそれ自体としては原則として自由であるものの、絶対的なものとは言えず、公共の福祉による制約を受けることはあり得る。

