「沖縄もの書籍ありんくりん」シリーズです。
この重厚なノンフィクション作品を読了した時~
中島みゆきの「時代」を口ずさんでいました。
♪ 巡る巡るよ 時代は巡る
別れと出会いを繰り返し
今日は倒れた旅人達も 生まれ変わって歩き出すよ ♪
(音痴ですみません…)
病床のおばあさんが、彼女の名を聞いた途端に起き上がる…
認知症のおばあさんの目が俄然輝き出す…
これ程のエネルギーを~
この世を去って半世紀以上経っても尚、人々に与え続けられる存在とは…
まさに「神」とも言えます。
それ程の時代だったと簡単に納得しては面白くありません~
比較して例えば、
昭和から平成にかけてのバブル時代…
札束が舞い、金があれば何でも好きなことが出来たような気になれました。
淘汰の波は激しく、生き馬の目を抜くような世界、
「あの頃は面白かった」
と述懐する50歳代が多いと思いますが、
残念ながら、上述のようにおばあちゃん達に底知れぬパワーを供給するだけの存在にはなり得てません。
それだけ、昭和戦後の混乱の時代は、老若男女が狂奔していた時代だったと言えます。
思い起こせば、私の母でも、
昭和30年代の若かりし頃、
養子先の家業の食堂旅館を女手で切り盛りし、何人もの雇人を抱えていた時代を、
楽しそうに話していました。
母方の祖父母は家業の床屋を投げ出して九州の炭鉱開拓団として一族で入植し、
昭和30年頃には、居所は3000坪もの広さ、
山林も3~4つを所有するまでに財を成したようです。
その長男(私の大叔父に当たります)は、大酒飲みで豪放磊落な人物でしたが、何の仕事をしていたのか母もよく判らなかったと言います。
次男は、職業訓練校の校長を務め、生徒達を動員してちゃっかり総ブロック造2階建の我が家を建設し、
当時としてはモダンで豪壮な建物だったそうですが、
いずれにせよ、そんな一族の先達は、現在の常識では逸脱していそうな奔放な人生を持っていたのです。

一部の人間や業者がコソコソと暗躍するのではなく、
誰も彼もが大なり小なり、
良くも悪くも、
輝いていた時代~
そんな時代をどんな男達よりも先駆けて、
度胸と行動力、決断力、情報力、分析力で駆け抜けていった女傑の生涯を、
豊富な取材量と、丁寧な裏取りで描いた叙事詩とも言える作品です。
沖縄の昭和戦後史の勉強にもなりました。