西宮球場の夜空に響いた「ありがとね〜」と、メタラーの密かな愉しみ
1991年8月
場所今はなき阪急西宮スタジアム(西宮球場)
当時の勤め先で開局したばかりのWOWOWが協賛していたサザンオールスターズのツアー『THE 音楽祭 -1991-』のチケットを入手した。新メディアの普及を狙い業界各所に「ばらまかれた」ものだったのだろうか?
とはいえそのおかげでワイは同僚である年上の女性を誘いスタンド席に陣取ることができた
ライブが始まった序盤はまだ周囲も明るく、夕暮れ前の空に「メロディ」や「夏をあきらめて」が溶けていく
徐々に夕闇が迫り、スタジアムの雰囲気が高まってくると、選曲は「C調言葉に御用心」や「Oh! クラウディんア」へ
そして「真夏の果実」が流れる頃にはこちらの切ない感情メーターはマックスに達しかけていたがそこからの畳み掛けが圧巻だった
「みんなのうた」「フリフリ'65」「匂艶(にじいろ)THE NIGHT CLUB」「勝手にシンドバッド」……
ステージ上には滝のような水が溢れ、放水銃が夜空を舞う。びしょ濡れになって暴れまわる桑田佳祐が、曲間に何度も、何度も、あの独特のしゃがれ声で
「ありがとね〜!」と連呼する
そのたびにスタンドが揺れ、西宮の夜空に数万人の歓声が吸い込まれていった
しかし、そんな「国民的祝祭」の真っ只中でワイは一人、メタラーとしてのツボを突かれニヤリとしていた
それはアンコールで飛び出した
「Love Potion No.9」
世間一般にはR&Bのスタンダードだろうが、メタラーの耳には、どうしてもTygers of Pan Tang(タイガース・オブ・パンタン)のハードなカバーバージョンが重なってしまう
サザンの演奏にNWOBHM的なエッジを勝手に重ね合わせ、隣の同僚には到底説明のしようのない孤独な愉悦
今、改めて振り返って感じるのは、あの夜、ワイは一つの「巨大な頂点」を目撃していたのだということ
1991年という年は、サザンオールスターズが単なる人気バンドを超え、名実ともに日本の音楽シーンの覇者として完成されつつあった「最盛期」だった
あの圧倒的なサービス精神、隙のないセットリスト、そして球場全体を飲み込む狂熱。後世に語り継がれる伝説のライブは数あれど、あの瞬間のサザンが放っていた「時代の主役」としてのオーラはとんでもないものだった
会場となった西宮球場はもう存在せず、かつての面影は巨大なショッピングモールに飲み込まれてしまった
けれど、あの日あのスタンドで感じた「今、最も熱い歴史の真ん中にいる」という手応えは、今もワイの中に鮮烈に残っている
国民的バンドの絶頂期をその熱気ごと体感できたこと
それは、音楽を愛する者として何物にも代えがたい幸運な体験だったんだと確信している
