超長期廃墟探索ローラー作戦 物件129 北海道 住友金属鴻之舞金山 | ボヤジャントの呟き。

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過去に行った廃墟探索、今後行う廃墟探索を振り返りつつ、政治経済の話題、時事問題、雑談や長年の趣味であるバイクやギターなどについて雑談して行くのです。

取材日時 2008年 8月24日

コメント・実は俺が知っている産業遺産のなかで一番古い物件である。
今から10年以上前に刊行されたバイクツーリングマガジン「OUTRIDER」がまだ月刊誌だったころ、この鉱山廃墟に入り込んで散策するという記事が俺の目にとまった。当時は廃墟というものを全く意識しておらず、あくまでも景色のなかの一つのオブジェとしか捉えていなかった。
だが、あの朽ち果てた建物に残されたアーチ状の窓ガラスが妙にモダンで印象に残っており、北海道の山奥にあんな物が遺されているのか・・・と漠然とした気持ちで読んでいた記憶はある。それから長い時間を経て2008年。
俺はその記事の記憶を確かめる為にここに来た。この日の天気は曇りで気温も今まで以上に低く、長袖の作業着の上に小道具を携帯する為のベストを着込んで活動しても汗をかかない位に肌寒かった。鉱山のあるエリアを貫く道道を歩いていても、全く携帯の電波は入ってこず、完全に取り残された場所になっていることを実感する。かつてここには何万もの人がすんでいたにも関わらずだ。ここには民家というものが全く無い、人の気配は皆無で黙っていると山を越えて吹き抜けてくる風の音が無気味なほどに上空から降りかかってくる。バイク雑誌でみた鴻之舞の景色は、初夏の明るい日差しに照らされ、建物の中も差し込む太陽光の効果で綺麗なコントラストを描いていた。
しかし、この日は鉛色の雲が重く垂れ込める生憎の天気だったために、撮影してもトーンが単調で薄暗く、探検していてもあまり気分の高揚を憶える事は出来なかった。
あれほど長い事記憶の中に留まっていた廃墟だったのに、実際目にしてしまうとそれほどでもない。これも廃墟慣れの影響か。

目印は道道からも見える、慰霊碑。
そのすぐ近くには、索道の基礎が残されている。
パイプラインは現在も転用されているらしい。
鉄橋の基礎か?
現役の住金鉱山の坑口。
先ほどのパイプラインの近くの山肌にも索道が。
かつてここには大きな町があったことを偲ばせる
看板。
川沿いにある木造炭住、俺が探したかぎりでは、
たった一棟しか残されていなかった。
近くには接近困難な住友のマーク入りの倉庫が。
鉄橋基礎の近にあるRC炭住。
ほぼ半数の棟は屋根が無くなっていた。
鴻之舞最大の遺物である煙突。
築別坑の時もそうだったが、原生林の中に聳え立つ姿は
とても神々しく威圧感たっぷりである。
ここの煙突は周囲に雑草が殆ど生えていないので、
簡単に接近する事ができた。
いたずら書きも無く、綺麗なものだ。
煙突の近くにある倉庫。
OUTRIDERで見た鉱山事務所と言われている建物。
部屋の隅にスズメバチの巣があり、
あまり満足に探索できなかった。
このアーチの窓が強烈に印象に残っていた。
鴻之舞を訪れたのは、これを見るためだったと言ってよかった。関連画像はこちら