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できればひっそりのんびりと

だけど気にしながら生きるという選択をした私。そしてそれがこれからの私の生きる道。

こんにちは。


宣言通りさっそく来ました。


時期をだいぶ外してしまっていて、これ以上はずしたくないので


という個人的な考えでですが・・・。


何がかというと、


相次いだタケノコ、山菜、の基準値を超えるものの流通。


引用元 産経ニュース 5/6


これね、どちらも福島県の隣の栃木県での出来事です。


一つ目は今月6日栃木市の西方町元の


「道の駅 にしかた」で販売された山菜(コシアブラ)から


基準値(1㎏あたり100ベクレル)を超える


1600~2200ベクレル(Bq)の放射性物質を検出した。


って、基準値を超えるって軽く書いてますけどね、


この基準値だって、事故前だったらドラム缶に入れて厳重管理しなくちゃいけないレベルのもの。


私はこの数字だってあり得ないと思っているのに


(事故直後の基準値ですら500ベクレル。


それは事故前に原発から流されている排水と同じレベルじゃなかったかなぁ。。。。)


それがですね・・・今回のコシアブラには


1600~2200ベクレルですって・・・。


おおよそ食べ物とは言えない数値が出てきています。


これね、しかも完売してるんですよ。




コシアブラは天ぷらとかにしたらあっという間に食べれてしまう。


検査してあるんだから大丈夫と安心して子供や孫に食べさせた人がもしかしたらいたかもしれない。




でね、これだけでも許しがたいのに、さらに許せないのが



販売者が県に持ち込み放射性物質の検査をするが、


一人は検査後に出荷停止区域のコシアブラを混ぜた可能性もある。



という部分。



知らないんじゃないんです。検査を通過した後に故意に混ぜてるんです。


出荷停止区域のコシアブラを・・・・。


検査の意味がない。というか逆に検査の信頼度を著しく下げたよね


販売者さんのプライドはどこに?


物が汚染されてしまって取れないことに同情はしますわ。

でもね。


だからと言ってとっちゃダメなところのものをあとから入れるってさ・・・。

この方のとった確実にやばそうなものがさ、確実に誰かの口に入るわけですよね。

それをわかっていてやっているわけですよね。

こういう言い方は好きじゃないけれど、、、、


売ってしまった段階でもう加害者になってしまうんです。

悪意しか感じられません。故意ですよね。故意。


コシアブラは割と広範囲で高い汚染が続いていることを知っている人は


買いませんけどね。


でも気にしてる人でも検査済みの証があれば買っちゃうかもしれない。


知らない人は買っちゃうんだよ。罪なんだよ。。。。。。

がっかりだなぁ・・・・・・。



そして11日の記事には、


宇都宮市内の小学校で前日10日に提供したタケノコご飯のタケノコから


基準値を超える放射性セシウムが検出された。


引用元 産経ニュース


どうする?


いよいよきたよ。学校。。。。


食べるのは誰?


子どもだよ。わかってんのかなぁ。そこのところ・・・。


なんでもかんでも子どもに背負わさないで欲しい・・・。



取っちゃいけない場所だと知らなかった・・・。だそうです。


そんな人たちが取った代物が流通するわけです。

今回はたまたま学校でしたけどね、これ、どこであっても全く不思議ではないですよね

幼稚園だったり。老人ホームだったり、福祉施設だったり、

病院だったり・・・・。

勿論家庭もです。


生産者の方やそれと同等の事をされている方の良心に任された安全なのに・・・・。


放射性物質は体に入ると攻撃によるダメージは100%。

体の外に出ていく分ががあるとしてもその出るまでの間はずっと攻撃され続ける体。

放射線が貫き続ける内部被曝。

ジャガイモの芽止めに使われるのも放射線だよね。

成長するのを止めるために使われるのが放射線なんだよね。

一瞬の照射で芽止めが出来るんだよね。

一瞬での影響力が強いんだよ。

だからさ、きっと


一瞬で遺伝子を切断してしまうこともある。

繋がる時に間違えてしまうことだってある。


遺伝子レベルだけの話じゃない。


些細な病気、もともと持っている病気そうしたものにも影響がないとは言い切れない。


今前と違うかなぁ?って言う症状とかありませんか?



そんなこんなを防ぐために検査通してんじゃんね。

何やってるんだよ。大人。。。。。。

ほんとにもう・・・・・。


今回はだいぶ怒り心頭の更新になりました。


ごめんなさい。


でもね、食は安全であるのが当たり前。大前提。


昨今はそんなことがまかり通らないくらい


色んなこと心配が付きまとう。


どうか、せめてご家庭で食べる分だけでも


食べ物に気を配ってください。







こんにちは。


熊本と大分の地震からひと月がたちました。


今日はあちらの地方は雨だそうですね、


ひと月たつと落ち着くか?というと


全然落ち着かないと思います。


現地とその他の地域との差というのはその地にいないとわからないものです。


もう、だいぶ立ちますけれど。東日本大震災の時、


少し自分達の場所を離れて別な場所に行ったときに


その場所が自分たちの失くした日常が当たり前にあって愕然としてしまいました。


そして、関心の薄れ具合にもびっくりしました。


取り残されたような。。。自分たちだけが非日常にいるような・・・。


そんななんとも言えない気落ち感があるもので、


それが月数を重ねる毎に苦しくなるのではないかと心配しています。


また、私だけかもしれませんが、家が危険で入れないとか全壊半壊してしまったお宅などでは


同じ地域にありながらも ご自宅で比較的損傷の少ないとおうちとを比べてしまい


 その置かれた状況の違いに凹んでしまったりしました。



一生懸命いろんな物事に立ち向かっている時よりも


ふと見まわす時間ができた時、こころが弱りそうになっているとき


そうした思いにとらわれやすいのではないかと


自分を重ね合わせて考えて心配しています。




FBやツイッター等ではいろんな情報をTLに載せていたのですが


出来ることが限られている自分にとてもはがゆ思いをしています。



今週には避難仲間が熊本に炊き出しに行くという事で


こころばかりですが・・・私に出来ることだけをさせてもらいました。


本当は一緒に行って炊き出しのお手伝いをしたいところですが


障害のある子を残して・・・というのはさすがに難しいので・・・・・。


大きな組織に寄付をするというのも考えたのですが


結局一番必要な時に、必要な場所にというのが難しかったり


義捐金という形では私たちはついぞ受け取ることはなかったので


すぐに形にできるところにメインに支援金も送らせていただきました。


我が家も避難民ですのでたくさんは難しいですが。。。


まだできること。たくさんあると思うので一つ一つ一緒に進めるように


小さくでも動いて行きたいと思います。











気になる事があったので参上したのですが


それはまた時間をあまりあけずに更新したいと思います。




最後までお読みくださいありがとうございます。



今ね現実逃避中だもんで。ついでに書いちゃうと






この前の前くらいの更新かな?昔話の話。






この子ができたとわかった時、検査に行って帰ってきて主人に報告しようとしたら先に言われたのが






「会社倒産する・・・」でした(笑)






何も同じ日に~~(笑)
















でもってこの時発達障害のある息子の就学先を探し中でね、






つわりがひどかったけれど話し合いにはかなくてはいいけなくて、

ビニール袋を片手に小学校に通ってました。






近くの小学校は障害に対して差別的というか無理解で受け入れてくれなくて






通わせること自体に沢山の条件をつけてくる




(毎日子供と一緒に学校にきて、サポートをしてください。と

でもね、私、この時つわりがひどくて出産予定は4月。

どうしたって連れてなんか行けない・・・学校って意地悪。゚(T^T)゚。)






で、ほかの学校まわりながら

「気にしないでどうぞ来てください」

って言ってくれた小学校があってそこに行こうと決めたのが翌年。






つわりが落ち着いていたんだけれど、

今度は自力での登校を目指して引っ越しをするために

家を探して、アパートを決めて






引っ越しをするぞと契約をしたのが1月の終わり。






入学に合わせて登園練習もするために2月末に入居する予定だったんだけれど、

その引っ越し前に卒園の洋服とかをとおもったんだったとかで






その買い物に行く途中事故にあったんだけどね






だから引っ越しの直前の入院になってしまったという・・・
















で入院出産中に引っ越しが終わってしまった。 (笑)






怒涛の二月でした。

























はNICUに入ったから私は一人で先に退院してね












でも帰ったら帰ったで、みんなに




「無理するからだ。」




「大事にしないからだ。」




ってたくさん言われた




行くとこ行くとこでことごとく言われてしまったTT






















ちがうんだ。























っていう言い訳をするのもいやなほどメンタルが回復してなくて、




でもこころの中ではいつも叫んでて、、、。










  ~~~~~~~~~~


ちゃんと大事にしてたんだ。



すごく気を付けてたんだよ。




上の子が障害を持って生まれてきたから




これから生まれてくる子には




気を付けないといけないこと、




出来ることはほんとに気を付けてやってきた。



   ~~~~~~~~~~~




って。









だけど


沢山そういわれると、、

その反面、







そうかもしれない。。。。。




そうだよね。。。。。。










って泣いたり、落ち込んだり・・・。







小さく産んでるから障害が出るかもしれない。




っていう病院からのお話もあったりで




本当に情緒が安定してなくて。。。






















人に会うのが嫌になってね。




いちいち全部説明するのが精神的に堪えてしまうので。










卒園式だけ出席して、それ以外はひきこもって




ただ、病院に母乳を持っていく時だけ外にでた。




因みに言うと、母乳もこの時が初。




息子の時は病院がミルク推奨派だったので、、、




これね、結構きつかった。そんな簡単に出ないんだよ、




赤ちゃんが近くにいてくれないとね。




と今だから言う(笑)







車もそのころは自分で運転して出かけるという気持ちの余裕がなくて




いつも誰かに乗せてもらって出かけてた。









病院で1600グラムくらいになるまで待ってから産み、




娘が退院したのは2500グラムを超えてから。




でもって、あれから10年。今の所すこぶる元気♪




もう10歳だよ。そして明日からはもう5年生。










子どもは思う以上に成長してくれます、自分の尺度で^^



いやぁ、長い話になってしまったなぁ。あはは・・・




















そ~~んないろいろあった娘の誕生にまつわるお話でした。