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ぼてさん、時々ベンジャミン、たまにJW.org

エホバの証人に対する記憶、気持ち、想い、葛藤、未来を書いています。

今回のオリンピックは、メダルの数が多いですね。素晴らしいです。

「競争はいけない」なんてエホバの証人は教えているけど、オリンピックはダメなんでしょうか。

努力して、みんなと競って一番になることは尊い事ではないのでしょうか。

 

馬の耳に念仏でしたね。 ぼてさんです。

 

 

 

今日のネタは、エホバの証人と関係ありません。

 

最近の言葉の表現で、とても気になることがあります。

 

「感動をもらいました!」

 

    とか

 

「元気をもらいました!」

 

    とか

 

「勇気をもらいました!」

 

とか・・・さ・・・。

 

貰わなきゃ、心も動かせないのかい?

 

「感動」は「する」もんじゃないのかい?

「元気」は「出す」もんじゃないのかい?

「勇気」も「出す」もんじゃないのかい?

 

どれも、内なる自分から発するエネルギーだと私は思うのですよ。

どれも、内なる自分の経験から何かを触発されて発するエネルギーだと私は思うのですよ。

 

そんな貰ったエネルギーなんて、大した役には立たないでしょうに。

 

と、おじさんのぼてさんは甲子園を見ながら考えるのです。

 

オリンピックと甲子園の高校野球どっちが面白いですか? 私は高校野球です。

 

んでぁ!

 

 

いやぁ、本当に毎日暑いですね。

このままいくと、10月になると、どんなに暑くなるか心配になるぼてさんです。

 

さてさて、気持ち的にはエホバの証人と綺麗さっぱり、「さようなら」しているのですが、やっぱり創造主は存在するのではないかと考えています。

 

その理由はいくつかあるのですが、身の回りであることで2つご紹介します。

 

1つ目は皆既日食、金環日食です。

皆既日食は別に珍しい天体現象ではありません。

私が不思議に思うのは、地球から見て太陽の前に月がスッポリ入って影となり皆既日食になるのですが、なぜ地球から見た太陽の大きさと月の大きさがほぼ同じなのだろうか?という事です。

ほぼ同じだからこそ、コロナが見えたり、金環がみえたりするのですがねぇ。

何故だ!何故なんだ?

 

2つ目が、地球の自転と月の公転が全く同じということ。

月が、いつも地球に同じ面を見せているのは地球の自転と月の公転が同じだからです。

少なくとも人類史が始まってから月の見える面が変化していると聞いたことはありません。

何故だ!何故なんだ?

 

 

この2つの疑問を知り合いの元天文学者に聞いたことがあります。

 

1つ目は偶然だろうとのことでした。偶然以外に理由はないと。

2つ目はジャイアントインパクト説で地球に火星と同じくらいの隕石がぶつかって、いろいろと経緯があり、お互いに引力や遠心力で、そうなんったんじゃないかな?とのこと(ブログではざっくりの説明です。アホな私では説明出来んわい)。

それで、私は「でも、それらが一致する必然はないでしょ?」と聞くと、「まぁ、そうなんだけどね」とのこと。それが理由で、地軸の傾きが現在と同じになったと言われると・・・。

余計に創造主っているんじゃない?って思ったりして、と彼に言うと、「うーん」と彼。

 

もちろん、私の言う創造主というのは、ものみの塔がいう「エホバ」と言う神の様なモノではありません。というか、絶対にいません。存在したら、それは悪です

 

そうではなく、人格神か、「漠然とした何か」なのかもしれません。

もっと言うと、偶然の対義語としてのとても広い意味の創造主なのかもしれません。

(その中には物理法則という神も含まれる可能性もあります)

 

それで、これらの内容について、何かご存知の方はご教示いただければ幸いです。

迷えるぼてさんに救いの手を・・・

 

そんな暑い毎日に、エホバの証人崩れのぼてさんが( ゚д゚)ポカーンと考えている事を書いてみました。

 

んでぁ!

 

 

いやぁ、このタイトルのネタを使いたかったです。

 

やっとチャンスが来ました。

 

投票に行ってきましたよ。初めてです。(18歳なので!!←嘘です)

 

どこに入れたかは置いといて・・・。

 

今は消去法で候補者を選んでも全滅してしまうので、今後の期待を込めて投票しました。

 

で、エホバの証人の中立の教理は、未だに合点がいきません(すいません、納得したようなフリをしていました)。

 

世の支配者(政府等)には中立を保つ事は可能だが、神の王国には中立を保つ事は出来ない。

 

どう表現したらいいのかな? このモヤモヤ感。

 

神は絶対的存在だから、従順以外は敵対である。(まぁ、絶対的存在だからという理由ね)

 

  で、

 

世の支配者は、神の存在に比べて下位に当たるから、神優先の相対的な服従で良い。

 

ここまでは理解出来る。(いろいろと思う所はあるのだが)

 

ただ、「中立を保たなければならない」という理解がよく分からない。相対的な服従で良いのなら選挙で投票してもいいのではないか? 投票が神への服従に反しているようには感じられないのであるが・・・。

 

えぇ、えぇ、イエスの模範ですよね。サタンですよね。知ってますよ。

 

ものみの塔を読むと、なるほどと思うのですが、実際に自分で冷静に考えるとあれれ?と思ったりするんですよね。

 

まぁ、今となってはどうでもいいですわ!!

 

んでぁ!