ぼてさん、時々ベンジャミン、たまにJW.org -38ページ目

ぼてさん、時々ベンジャミン、たまにJW.org

エホバの証人に対する記憶、気持ち、想い、葛藤、未来を書いています。

自分の言葉を、誰かの言葉に委ねた時点で、誰かに吸い込まれていくよね。

公開講演も、ものみの塔研究も他人の書いた言葉で理解しようとするから、どこかに吸い込まれていく。

本当はしなければいけないのこと。

もう一度自分の言葉で言ってみる、考えてみる。

注解も、読んでしまう注解をすると、きっと読んだ言葉が勝手に自分の理解になってしまう。

もう、理解したことを改めて自分は考えようとはしない。

もう、記憶したことを改めて自分は考えようとはしない。

他人の言葉で形作られた思想は永久凍土のようになり、人格となる。

自分は自分の考えではないよね。

自分は自分の行動ではないよね。

もう一度自分の言葉で言ってみる、考えてみる。

納得するまで自分の言葉で言ってみる、考えてみる。

心に引っかかるもの。それが罠だ!



んでぁ! ↑なんじゃこりゃ?

ハニーの誕生日が来ましたよ。

ハニーが起きてゴソゴソとしていて目が覚めたので、眠い目を擦りながら部屋に取りに行きます。

部屋からARMANIの袋に入ったプレゼントを持っていく。

ぼて「ハニー誕生日おめでとう。これ、晴れさんとかぶってしまったけど僕のプレゼント
ハニ「そんな小細工して・・・ それ使い回しやんか
  バレています。

  プレゼント袋を手渡します。
ハニ「何が入っているの? これ?」(何か感づかれています)
ぼて「見てみて」

  縫いぐるみが2匹、赤いリポンを付けてハニーを祝福しています
  この縫いぐるみは昔から家にいる子供たちです(笑)
  家のイベントに登場する可愛いやつです!

ハニ「あら!可愛い

  縫いぐるみをポイポイと放り出すとプレゼントの本体が出てきました!!。
  プレゼントは本2冊です。(今は貧乏なので出費できません)

ハニ「あら、ありがとう!」

  本を取り出してしげしげと眺めます。

ハニ「はぁ、茶番劇は終わった・・・

ということで大変喜んで頂くことが出来ました。

時計を見たら朝の5:30でした。再度深い眠りに落ちたのは言うまでもありません


今回のブログは所謂「創造論」と「進化論」の対決ではなく、学問としての進化論の不思議です。

また、進化論もあくまで”論”であって、事実ではないこともあることを承知しての話です。

私の疑問はもしかすると、ものみの塔が発行している「進化か創造か」に強烈に影響されているかもしれません。

もし、私が影響されているのであれば指摘していただければ幸いです。

NHKで放送された「生命大躍進」という番組の第一部で、生命体がどのようにして目を獲得したか?というテーマでした。

例えば、明暗しか判別できないセンサーのような目をもつ「ウズベンモウソウ」(植物プランクトン)のDNAが、たまたまクラゲ(動物)のDNAに取り込まれ、クラゲに目が出来た!!!!
動物と植物間という全くの別種のDNAに関わらずです。

という理論。 

また、先ほどの明暗しか判別できないセンサのような目から、カメラのような形を判別できる目を持つようになったかについては。

原始的な脊椎動物はセンサのような目しか持っていいなかった。通常なら精子と卵子は遺伝子を半分づつしか持っていないにもかかわらず、たまたま全部の遺伝子を持った精子と卵子があり、それが受精した。通常なら遺伝子異常なので成長しないはずだが、何らかの条件で孵化した。その子孫は通常の2倍の遺伝子を持っており、しかも遺伝子の整合的がとれている。
そして、同じような遺伝子全部がある精子と卵子が受精し、最初の4倍の遺伝子を持った脊椎動物が出来上がる。そして、4倍の進化のポテンシャルをもった子孫が、進化していきカメラのような目を持った。

という理論。

進化論は仮説ということは分かっているのですが、こんな無茶苦茶な推論があるのでしょうか。
あまりにも破天荒で、無理やり感を感じます。
現代の遺伝子学と、進化論の遺伝子学が相容れない学問のように見えて仕方ありません。

DNAなんて、多少のミスがあっても成長できなくなるし、場合によって死んでしまうのにね。
それが、進化のステップになるというのは正しいのでしょうか?

覚醒されたみなさまはどのようにお考えですか?

韓流ドラマなら笑って見られるのですが(笑)。

んでぁ!