自分の言葉を、誰かの言葉に委ねた時点で、誰かに吸い込まれていくよね。
公開講演も、ものみの塔研究も他人の書いた言葉で理解しようとするから、どこかに吸い込まれていく。
本当はしなければいけないのこと。
もう一度自分の言葉で言ってみる、考えてみる。
注解も、読んでしまう注解をすると、きっと読んだ言葉が勝手に自分の理解になってしまう。
もう、理解したことを改めて自分は考えようとはしない。
もう、記憶したことを改めて自分は考えようとはしない。
他人の言葉で形作られた思想は永久凍土のようになり、人格となる。
自分は自分の考えではないよね。
自分は自分の行動ではないよね。
もう一度自分の言葉で言ってみる、考えてみる。
納得するまで自分の言葉で言ってみる、考えてみる。
心に引っかかるもの。それが罠だ!
んでぁ! ↑なんじゃこりゃ?