他人の言葉ではなく自分の言葉で | ぼてさん、時々ベンジャミン、たまにJW.org

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エホバの証人に対する記憶、気持ち、想い、葛藤、未来を書いています。

自分の言葉を、誰かの言葉に委ねた時点で、誰かに吸い込まれていくよね。

公開講演も、ものみの塔研究も他人の書いた言葉で理解しようとするから、どこかに吸い込まれていく。

本当はしなければいけないのこと。

もう一度自分の言葉で言ってみる、考えてみる。

注解も、読んでしまう注解をすると、きっと読んだ言葉が勝手に自分の理解になってしまう。

もう、理解したことを改めて自分は考えようとはしない。

もう、記憶したことを改めて自分は考えようとはしない。

他人の言葉で形作られた思想は永久凍土のようになり、人格となる。

自分は自分の考えではないよね。

自分は自分の行動ではないよね。

もう一度自分の言葉で言ってみる、考えてみる。

納得するまで自分の言葉で言ってみる、考えてみる。

心に引っかかるもの。それが罠だ!



んでぁ! ↑なんじゃこりゃ?