最近、暑くって汗を拭き拭き接客のお仕事をしているぼてさんです。
私は、因習のきつい地域でエホバの証人になった、いわゆる一世のエホバの証人です。
私の住んでいた集落には親戚がいっぱい、いろんな宗教的行事がいっぱいで、好きではありませんでした。いや、嫌悪していたかもしれません。
エホバの証人になった時に、この縁から自分を切り離す事が出来ると感じ、ある意味意気揚々と、後ろ足で砂を掻けるように抜け出しました。
それを後悔したことは無いのですが。
時は経ち、聖書的に全く根拠の無い2つの世代の教理や、長老の性的虐待のニュースを海外でリアルタイムで見てしまいショックを受け、エホバの証人にも嫌悪感を感じるようになり、自分を騙してまでエホバの証人に留まる必要は無いと感じました。
それで、会衆から黙って引っ越しをして蒸発したのです。
また、それを後悔したことは無いのですが。
どちらのコミュニティで生きることも、私にとって良い方法ではないので後悔をしているわけではないのですが。
最近、ふと、どちらにも戻ることが出来ないなぁ。とセンチメンタルになってしまいました。
私にとって間違ってはいないけど、アイデンティティクライシスのような感じです。
でも悲観している訳ではなく、それを自由と言えばそうなのかもしれません。
少し寂しいのは、各々のコミュニティにいた私が心を開いていた人たちの所に戻れないということなのでしょう。



