箱、BOXなでもいいけど、四方八面を、隙間なく、平面によって繋ぎ合わせることによって、出来上がる空間。知らず知らずに、線と面が構成され、特定の地点から見ることに依って、目の錯覚が奥行きを構成する、中にいる時には。
外から見れば、やはり、そのような外観はあるのかもしれないが、なにより、その背景が存在し、それが、立方体であることを明明と、浮き彫りにする。
中にいる時には、私たちは、そのイメージなく、それが立方体であることをどのように理解するのだろうか。
その二つは同じものであるだろうか。
もちろん、それを同じものだと同定する証拠は存在しないため、できるわけがない。
証明不可、それは不可避である。
ここでふとした、疑問だが、箱の中には光りが存在するのだろうか。一切を遮断された空間であった場合、私たちは、何を感じるのだろうか。
閉じ込められたという作為を想像し、それを箱のようなもの、つまり、でられないものとして、措定する範囲で、立方体であるかもしれない。
光りはない。
下はほれない。
四方は塞がっている。
でれない。
なぜ?
自分で閉じこもるわけない。
だれか、黒い服をきて、帽子を深くかぶったような、見るからに悪者である誰かさんが私をここに閉じ込めたに違いない。
なんで?
わからない。
恨みを買うようなことしたか?
いやいや。
いや、もしかしたら。
でもな…。
え、、、
まじかよ。
でも、なんで。
この問答である。
それで納得した私は、次にこう考える。
どうしよう。
そして悟。
人の名前ではない。
なにもできない。
このまま死ぬのか。
どうしようもない。
この思考である。
そして、この一言をまっているのである。
てめぇが、自分で入ったに決まってんだろ、馬鹿か。
次の頼りは、その”馬鹿”という言葉か、もしくは、その言葉の主である。