domanのブログ -10ページ目

domanのブログ

The purpose of this is a display of my opinion and concreting it.
ブログでは主に、新聞や鑑賞した作品について書きます。

 暗向な自分にして、暗合に、暗号を解いてしまうようなことを想定して、第三者として、何かの対象にコミットする場合、それが暗号であれば、第三者である凡夫は、その暗号を解いてはいけない。
 なぜなら、ルールとして、暗号とは、第三者に解かれないことを目的に作られるからである。
 
 しかし、疑問であるのは、そのような、暗号とは一体何故に、暗号として作られるのか、ということである。

 暗号は秘密の守護者である。
 秘密にするのは、人に知られたくないためである。
 人に知られることによって、なんらかの実害がある場合である。
 暇だから。
 
 その実害は、実は、第三者に及ぶ場合であれば、それはなにか、面白い香りがするところであるだろう。


 しかし、なぜ、暗号を解きたい者があるのだろうか。

 秘密を知ることに恍惚するから。
 その実害を与えることで、なんらかの利益を得られるから。
 そこに山があれば登るように、解きたいから。
 暇だから。


 理由はそれぞれである。


 秘密を守る暗号とは、不思議な存在で、それ自体に、それを守る仕掛けは、意志はないはずである。

 自分における暗号とは何だろうか。
 畢竟、この質問の真意は、

 ”第三者とは?”

 この質疑である。


 
 第三者とは?
 つまり、あなたの秘密とは、誰に知らせうるものであろうか。


 これは正味、気味の悪い問いである。

 秘密は、2者の間でしか、生まれないからだ。

 自分と誰か、もしくは、自分とその自分、である。
 
ここで、秘密をこう書き換えよう。

 秘密とは、知らせないXであると。