逃避、暑い日から逃避したくて、とりあえず、空気の流れがあるところを探すけどなくて、人工的に空気の流れを作ってくれる扇風機のスイッチを入れる。
実際の室温は変わっていないけど、涼しい。
逃避とは、このようなものではないでしょうか。
アイドルを見ていて、面白いのが、このメカニズムで、正直よく知らないけど、センターとか、センパツとか、いう運動部的なノリにも見える形式を作って、それを、何かの、基準にして、気にしてしまうようにする。
もちろん、アイドルを目指すという行為が、根底にあって、ファンだとか、作品を作るだとか、いいグループにするだとか、いうなんかよく分からない目的性によって意味を得ている構造が根底にあるわけで、むしろ、そのようなものがなければ、ならないという構造でもあるだろう。
アイドルの子もそれを気にしている(ように振る舞っている)し、ファンの人もそれで一喜一憂する(ように振る舞っている)わけである。
このように言われた時に、そこにコミットしている人たちは、少なからず”反発”の意を抱くことをする(ように振る舞う)。しかし、むしろ、それによって、その構造が維持される、そして、運が良ければ、規模的な意味で発展していくのだろう。
つまり、それがなければ、アイドルなんてもんは成り立たないのである。
そして、私の立場としては、だからこそ、面白いのである。
自己組織化に近いメカニズムがある。
人に好かれるということに全力を注ぐ行為は、誰かが、株について述べた言葉ににている。
100人の女性の顔の写真から、最も平均な顔として選ばれる顔を予想するようなものである。
そんなよくもわからない、形式のシステムに自らを投げ込むアイドルに価値を見いだすのは、既存の経済的な観点からいっても、健気に映るのではないか。
しかし、相手は人間である。情報なんてある程度操作できる。しかし、そこには、ネットがあり、不特定多数のファンたちが、自らの信条をもとに、情報戦を行っているわけである。
しかし、むしろ、それは、許可された虚構にすぎないだろう。不確実性がそこに存在するから、コミットする。これは、戦争の必要条件として挙げられる一つの条件に類似している。
そして、アイドルもファンもそれぞれの夢を投影して、活動にいそしむわけである。
このばからしさが売りなのである。
もっとシンプルに考えて!! そんな声が聞こえてきそうである。
その短絡化がコミットメントを促し、時には、すべてのインセンティブを抑圧するか、消してしまうこともあるだろう。
その、流動性が、アイドルという産業を可能にしているのである。
乃木坂の中田さんのブログ
”だって
努力したって誰も見てない
って考えが自分の中ではっきりしたとき
たぶん諦めちゃう
ファンのみなさんがいなかったら
もうとっくに中田乃木坂にいなかったなー
本当にいつもありがとうございます(*^^*)”
あと永島さんのブログ
”私は、乃木坂46に必要なのかな?
って最近考えてしまいます。
私は最近自分に自信が持てません。
考えると怖くなってしまいます。
いつも笑ってるし悩みなさそうだね。
とか
なんでそんなに元気でいれるの?
とか、よく言われます。”
アイドルって産業をしばらく見て、馴化していないと、こんな文章読んでも、”うわー、感傷的だな”ぐらいしか思わないでしょう。
普通に考えたら、他人に、”悩みなさそうだよね”とか言われること自体、文脈にも依りますが、意味が分からない状況ですし、”誰も見ていない”とか、文言は小説の中ぐらいでしか見た事がない気すらしてしまう。
でも、こうやって振る舞わないと、ファンの方は応援しないでしょう。
頼ってもらうことが、意味なのでしょうから、このような相互依存的な関係性を、見える形で提示しなければ、アイドルというようなものが消えてしまうのでしょう。
いずれにせよ、そんな構造がある。
ツイッターなどに然り、ですが。
このようなことは、ほかの芸能でもそうですし、ブランドでも見受けられます。
商品プロセスに、消費者を組み込む事で、意思決定に介入する。
心理療法でも、このようなことは頻繁に見受けられますね。
これが、現代の動向なのでしょう。
コミュニケーション的転回へ、というわけです。
上手く使うべきです。
楽に生きるため、楽しく生きるため。
でも、自分がスパイスに何を使っているのかを理解していないと、過剰な摂取につながり、身体にさわりますよ。