自分のやりたいことは、これじゃない。
でも、それは組織であり、帰属意識を必要とする職業だ。なぜなら、それは、そのような在り方自体を商品とする職業であるからだ、つまり、その全体像を消費者が見て、それに対してペイをするという構造にあるからである。
アイドル、それがその職業であるわけだが、一人がそのような一種のアイデンティティの拡散について、公の場で発信すること自体、その全体像に組み込める点で、この産業は優れている。つまり、それに対して、消費者がどう思うが、それを選択する行為が連続的にありさえすれば、win-winなわけである。
さて、そのような理由から浅はかだと理解しつつも、自分の脳内に蓄積されたニューロン発火を意味論的に素描させてもらうと、詰まる所、一種の短絡化(ショート)がそこに見て取れる。自分の意志、などというものは、身体反応が事後的に、社会的習慣に則って意味付けをされたものにすぎずない。一見、その事実から、社会的な”意味”の中で、それに折り合いを付けるしかないように思われるが、実際、個々人というミクロ単位で見るなら、条件は変わるだろう。社会的な意味というのは関係性を前提にしている、そのために人間が構築する意味理解の仕組みは、それに則る。例えば、アドラーの五段階欲求説は、社会を前提にしている場合にのみ機能すると言えば分かりやすいだろうか。
そして、この時に、論理的不整合が起きる。
つまり、アイドルや芸能人、産地直送野菜など、典型的な意味消費を目的に作られている商品において、他者というものの評価、そして、消費行為など販売経路に関する事柄は、不可避的に付き纏う。むしろ、それで継続可能なわけである。根本的な原理をここから抽出する(このような作業は、単純化を伴うので、あしからず)と、それは、秩序を持った他者への依存体系である。生産者に然り、消費者に然り、相互的な干渉なしには成り立たないということである。
(秩序とは、形式的にすぎないと分かっていても、敢えて、そこに意味を見いだすような大人の遊びのようなものである。)
数多のアイドルが存在する昨今、様々な経営プラン、イメージ戦略、その個々人のキャラなどのマーケティングが行われ、アイドルと一口言っても、地下アイドル、ご当地アイドル、レーベルに所属するアイドルなど、様々な形態がある。社会の縮図にも近い様相を呈している。
またデータ配信について発展?し、様々な情報発信径路を確保できたことで、その領域は広がり続けている。(これらは、産業全体に言えることだろう。ただ、人的資源そのものを商品とする芸能関係は、簡易にそのような手を取り易いのである)
詰まるところ、誰もが、意味のない事になんて気付いている。
多くの人がマイナスイオン効果を信じないと、それを発案した大企業、その下請けで働く多くの企業の人が、路頭に迷うことになってしまうことを分かっている。
大企業のお偉いさんたちも、シーズンごとに新作を出さないと、路頭に迷う人を多く出してしまうから、最新の研究論文を読みあさって、なんとか、屁理屈をこねられそうなものを探している。
メディアもメディアで、そのようなものを広める情報の機構としての役割を十分に理解した上で、さまざまなよくわからない情報を発信しているのである。
みんなが、そこに価値を見いだすフリをして、頑張っているのが、社会である。
だから、自分の帰属対象を否定するような思想、行動をとる人にも、心優しい消費者がついてくれるだろう。
そのことをわすれちゃいけない。