ブラジルの高級住宅地。
そこには塀があり、数カ所しかない出入り口には、ショットガンを肩にかけた、ごっつい男たちが常に常駐しており、サングラスのうちから目を光らせている。
しかし、多くの住民はそこから出入りはしない。もっと正確にいえば、その出入り口付近は、疑似高級住宅地なのであって、真なるお金持ちは、自家用のヘリやらジョットで出入りしているのである。
その真なる彼らの多くは、年間、自身の企業を通じる場合もあるが、少なくても10万ドル以上は恵まれない人々に寄付をしている。それは、もはや、暗黙のルール、口する必要もないほどの常識としてあるわけである。
かれは、なぜ、そうまでして、募金されるような、そしてそれより少しましな世間一般と距離をとるのか。
治安。第一次欲求は、確保されるべきでしょう。
斜めから見てやれば、こういえる。
募金するために、距離を置く。
距離を置くために、募金する。
どっちが先か、はわからないが、たぶんそうなのだろう。
人間の活動はおおよそこんなふうに分析?綜合?できる。
ツイッターで展開される、崇高な会話も、それに近いのでは?
アカデミックの活動は、それに近いのでは?
氷をかぶる彼らは、それに近いのでは?
いずれにせよ、これは見方でしかなく、これを言っているヒトが、ビルゲイツ並みに募金してなければ、なんの説得力のない戯れ言にしかみえない。
それらしさを保つためのゲームでであり、それが目的であるなら、もうゲームは完結してるように見える。
フリーライダー問題?
問題ではないだろう。
真なるフリーライダーは、そうは見えない。
もっともらしさを保った真なるフリーライダーは、勝利者でありえる。