クリープハイプはメジャーデビューしてから、知って、Youtubeで色々聞いていますが、好きです。あのどうしようもない感じが、好きです。東京に住んでいないからなのか、世間知らずだからなのか、あーゆう世界感?には現実味が持てませんが、好きです。
映画版では、オレンジ、社会の窓、おやすみ鳴き声、さよなら歌姫、憂、燦々などメジャーデビュー後のシングルのストーリーが並びます。イノチミジカシコイセヨオトメのストーリーも含まれているのかは、ちょっとわかりませんが、クリープハイプのファンとその周辺の人たちのストーリーが相互に絡み合うようなつくりになっています。
クリープハイプを知らない人も、デカダンス的な態度が好きな人なら、楽しめると、思います。もちろん、クリープハイプのファンの方ならよりいっそう楽しめると思います。
個人的な感想をテキトーに書き並べたいと思います。
・クリープハイプの感じ
音楽はよくわかりませんので、主に歌詞とか、尾崎世界観さんの世界感について、勝手な見方を書きます。
主に、若い人、若くあるような人を主人公に置いた歌が多いように感じます。どの人も、偏執的に、何かに固執するような傾向があり、現実と理想のギャップにしがみつき続けているような感じ。理想よりかは、妄想と言った方が適切かもしれませんね。
まあ、これでは、抽象的すぎる感が否めませんが、そんな感じ。
実現不可な理想の可能態にいるような状態を維持したくて、それ以外に支障が出てる感じ。
一人の例を借りれば、彼女を養えないような自分、だけど離れようとしない彼女、彼女が何か他人からものを借りれば、しっかり養えない自分への当てつけだと考え、そして、怒鳴り、暴力を振るう。
原因の帰属が面白いし、それの解消を、彼女にあてる、というのは、やはり、”なんで離れないんだよ、こんな俺なのに。だけど、その彼女の理想の彼を貫くために強く、引っ張っていけるような自分でなければならない”みたいな、ことを、言葉にしないまま抑圧して、原因を金銭やら、社会情勢やら、周りの人に置き、認知を作り上げてしまっていて、かつ、反省的でない。
そんな感じの人たちが、一人一人個性も程度もはあるけど、いて、紡ぐ物語。
・これをファンの人たちやら、それ以外の人たちはどのように見るのか
この一例で、面白いのが、社会の窓の楽曲のOLさん。
役者さんが、すごいあってる人で(憂、燦々の男の人もすごい合ってると思いました)、音楽好きで楽しみはライブです、不倫してます、職場では、とりわけ、同性の社員から好かれてません、ネクラです、etc....みたいな感じの人。色白で平たい顔、ホツレタ髪の毛、少し緩めの服、キャラクターがたってて、すごく自然に入って来て、絶対いるわ、こういう人と思わされました。笑
ツイッターをはけ口にして生きてる人。
でもそんな自分をどっか俯瞰から見てるんだけど、どうしようもならない人間関係というバランス。
やっぱツイッター、そして、クリープハイプ。
コアなファンの心理で、インディーズから応援してて、メジャーデビューすると、いろんな人にそのバンドが知られて行って、かつ、産業音楽的になっていく、メロディー。なんか遠い存在、自分の好きだった頃の姿とは違う姿になっている。
そこに文句を言って、避難する。中には、離れて行く人も、みたいな。
すでにステレオタイプ化された、このファンのアーティストの関係性。
だけど、おそらく実際に、そういうことを言う方はいるのでしょう。
もしそういう人がいるならば、少し、過剰に好きになってしまっている、もしくは、同一化してしまっているのでしょう。超嫌な夫が、おれの金で飯食ってるんだぞと、誰のおかげで生活できると思っているんだ、みたいな、これまたステレオタイプな感じだけど、それに近いと思います。
でも、僕的に、そんなお馬鹿さんすでに、化石化してるんではないのかと思ってしまいます。
むしろ、ルールみたいな感じ。そうするのがファンだよね、よしじゃあ、一応やっときましょうか。あるあるみたいな感じで笑ってよ。そんな気違いみたいなことはしませんよ。
ってことでしょ。むしろ、そんなまがった人があたかもいるように振る舞う人にこそ、問題がある気がする。異常な何か。
それ自体同じ要領でしょう? って思われるかもしれませんが、なんとも、無限遡及になるんだから、一回ぐらいが限度では?と思う。
・最後に、憂、燦々のあの男人。
事件後は、強迫性障害と幻聴、幻視、とりま、いろんな合併症外。
その前も、境界性の症状がいくつか見られる。
やばいね、あそこまで、わかりやすく、狂ってくれたら、ありがたい。