今日は父の命日。
花を買い、好きな日本酒とビールを仏壇に供えて線香を焚く。一つだけだった仏壇の位牌も、この9年間で六つになっている。
先日、父の事も知る焼き鳥屋で飲んでいて、父の話が出た。
「お父さんは鬼瓦みたいだったわね」
確かにいつも怒っているような顔だった。背筋を伸ばし、へらへらする事など一切なかったから、そんなイメージが残っているのだろう。
思えば、私と二人でいても、打ち解けて話をすることなどなく、いつでもお互いに反発していたように思う。それでも若い時に一緒に行った京都での剣道の審査会の話や、その当時の高段者の先生の話などは、二人だけしか知りえない事が沢山あって、お酒を共にすると話が弾んだものだ。
持田範士と斎村範士の日本剣道型は、それこそ火花が散った事。
東京、伊保先生の上段の構えで、強かった事。
本郷三丁目にあった檀崎先生の道場で練習した居合道の話。
京都の瓢亭に二人でぶらりと入り、昼食なのに6万円も払った話。
同じく京都で食べた安いと思った天丼が、殆ど衣だけだったこと。
父の会社でアルバイトをして、女の子と仲良くなって怒られたこと。
思い出せば、そのほとんどが剣道の事や居合の事ばかりだ。
息子が可愛くて、自分の好きな剣道を、どうしてもやらせたくて、他のスポーツを一切やらせて貰えなかった。父の夢は息子に王者の剣を教える事。
ただ息子は、それを嫌った。
正統派の剣道を教えてくれても、試合には勝てない。勝てる技を教えてくれれば、もっと剣道を楽しいと思っただろう。
家の中に作った道場も、いずれは息子が使うだろうと考えたのか。
残念ながら、それも今では無用の長物となり、物置と化している。
孫であるわが息子が、今日一人で墓参りに行くと言う。
子供の扱いが下手だった父で、理不尽な扱いをされた事のある息子だが、
今でも「メン爺」の事を思ってくれるのは嬉しい。
今年は「カメ爺」も亡くなり、寂しくなった我が家である。