逢えるじゃないか また明日 PartⅡ -26ページ目

逢えるじゃないか また明日 PartⅡ

ボスザウルスの隠れ家から「逢えるじゃないか また明日 PartⅡ」に変更しました。yahoo!ブログの閉鎖に伴い、アメブロに移動し、合体させました。引き続き宜しくお願いします。

ただ今編集中に付きしばらくは不完全ですので宜しく。

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選挙戦が始まった。
先日まで、各自治体での投票所の仕事の求人が毎日届いていた。
今年は選挙が急に決まった事と、師走という事で、中々人の集まりも少なかったのだろう。今年初めに都知事選で仕事をした過去のデータから、私の所にも求人メールが続々と届いた。
 
東京18区は、毎回激戦区。
元総理大臣菅直人、元武蔵野市長土屋正忠の一騎打ちは今回で4度目。
共産党からも新人の結城亮も立候補した。
 
菅さんの選挙カーからの声が聞こえる。地元から総理大臣が出た!と喜んだのはもう過去の話で、駅前の演説でも、立ち止まって聞いている人はほとんどいないと、同僚が話していた。新聞でもそのような事が書かれている。
私なりに選挙結果を予想すると、順当に行けば土屋さんの圧勝で、菅さんとの接戦はなさそうだ。ただ80歳を超えた土屋さんや自民党への反発、民主党離れ、菅さん離れから、当選しないまでも、共産党への票が流れると考えられる。土屋さんにしても菅さんにしても、小選挙区で負けたとしても比例区で復活当選となるだろう。
 
 
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現在3:30
こんな時間に起きているのは、身体の痛みで寝られない。
最近だましだまし生活していたが、今夜は寝られないほど。1時間程度寝たが下腹部が痛くて目が覚めた。
昨日は、昼間に腰が痛くなり「やばい!尿路結石」と思った。鈍痛は、かなり前からあって、そろそろやばい!と思っていたが、いつもの痛さと違う。
更に、尿酸値を下げる薬を貰いにいっていないから、尿酸値も高いようで痛風の兆し。つま先の痛みは少ないが、左手の親指付近が物凄く痛い。これも痛風だろう。
 
何しろ寝なければ、と思うのだが、横になると腹が痛くて寝られない。
ペットボトルのお茶をがぶがぶ飲むから、すぐにトイレに行きたくなる。そこで石が出れば、少しはスッキリするのだが、出ない。
おまけに、トイレのロータンクの水が止まらず、ボールタップが引っかかるアクシデント。真夜中にトイレの修理。
それでも気が付かなかったら、朝までトイレの水は流れっぱなしになる。
先日も1階のトイレで同じような事があり、1日中水が出っ放し。そのトイレは、剣道場の奥にあり、私しか使わないから、誰も気づかない。
皆が使うトイレは、フラッシュバルブ使用だからそんな事はないのだが、2階と1階のそのトイレは、昔からあるロータンクのもので、フロートのボールタップが何かの拍子で引っかかると、水が出っ放しになる。早めに策を講じておかないと、水道代も馬鹿にならない。
 
今週は休めないし、9日の健康診断の時に、一緒に見て貰うしかない。
薬箱を探したら、ウロカルンが出て来た。この薬は、結石を溶かし、利尿を促進する薬。最悪は座薬のボルタレンかインテバンを使用するしかない。
どちらもいつでも使えるように在庫はしっかりある。
使わないで済めば良いのだが・・・
 
もう一度、睡眠にチャレンジ。
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朝から懐かしい音源を聴いている。
その中に、本当に懐かしい幻のような声を聞く事が出来た。
竹脇昌作さんは、竹脇無我さんのお父さんで、アナウンサーだった。
ラジオ関東の初代競馬実況などをしていた方で、私の中では、映画館で見て聞いた「パラマウントニュース!」の声は忘れられない。
この番組の声も、聞いた覚えがある。
 
You-Tubeに懐かしい音源を、物凄く多くアップしているこの方は、どんな方なんだろう。これからも、さすらいが聴いた懐かしい音源を使わせて貰いたいと思う。

 
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毎日通る五日市街道沿いの珈琲館くすの樹。
クリスマスデコレーションがされて、雨上がりでもあり良く映える。
「なんだ、こんないい感じのお店だったんだ」
 
今週は月曜日が祭日だったから、今日の土曜日が仕事でも、5日間の就業だったからいつもと変わりがないはずなのに、何か一週間がとても長く感じてしまう。週末は外で飲んで帰りたいところだが、今夜はカミサンがハッシュドビーフを作って待ってるのが判っているから、真っ直ぐ帰宅。
久しぶりに食べるハッシュドビーフがとても美味くて、二杯食べて、もう少しと思ったら「いい加減にやめなさいよ」とカミサンから釘を刺されて終了。
 
先日まで改装で店が閉まっていた「いなげや」
改装後は、什器の列が増えたらしくて、カートで通るのも面倒らしい。魚売り場がガラス張り?になって見えるようになったとか。だからマグロの刺身があるのか。マグロと言うと、最近は赤身が好きになってきた。トロだ中トロだと食べて来たが、赤身が食べたいと思うようになった。歳のせいだろうか。
 
明日は競馬でもやってみようかと、競馬投票用の口座に入金。
今から新聞読んで、競馬予想のテレビを見る事に知る。
 
必勝祈願!
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名古屋の中日劇場。
舟木一夫特別公演の千穐楽を見て、出待ち。ところが中々舟木さんが出て来ない。1時間も立ちんぼして、何か疲れがどっと出た。一宮の萩原まで行って舟木一夫資料館を見るつもりだったが、前日前々日の寝不足もあり、沢山の舟友さんとは、中日劇場でお別れ。
 
東京へ帰る舟友さんと二人で、「何か食べよう」と栄の地下街をあるくが、適当な店がみつからず、居酒屋さんへ。
さすらいの乗る新幹線まで5時間近くあり、2時間半ほど舟友さんにお付合い願って食べたり飲んだり。舟木さんの話で盛り上がって、気が付けばいい気持ちになってる。6時過ぎに名古屋駅で別れて、さてどうするか?
 
名古屋駅前にある居酒屋でひとりで入るが、とても大きなお店。
再びハイボールを頼んで、今度はゆっくり一人酒。豚の角煮と出し巻玉子。
カウンターでひとりで飲んでいると、地元の方らしい方がひとりで熱燗を飲んでいる。しばらくはお互い黙っていたが、ついつい声を掛けてしまうのが、さすらいの悪い癖。(笑)
話をしてみると、地元の方ではなく静岡の方で、勤続20年のご褒美旅行の最中だった。島田の方で、以前よく仕事に行った事もあり、話が途切れない。
明日は岐阜に行くと言うので「昨日は岐阜に行って岐阜城へ行ったんですよ」
と、岐阜城の良さをひとしきり話をする。
 
新幹線に乗ったらビールが定番。
ところがさすがに飲み過ぎていて、ビールは無し。隣に若い女性が座ったので、何となく緊張したまま東京駅へ。
 
写真は栄で食べた「牛すじ煮込み」牛だけど馬かった。
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舟木一夫名古屋公演に行く前に、甘いにも時間があるので、名古屋で新幹線を降り、すぐに岐阜へと向かった。
目的は日本百名城の一つ岐阜城。その昔、稲葉山城と呼ばれた戦国時代の有名なお城。駅からバスで向かう途中に、岐阜提灯の浅野商店のショールームに目がつき、天守閣に登った後に、立ち寄る事にした。
 
今から30数年前、取引のあった浅野商店。
毎年お盆前になると、色の黒い営業マンの浅野さんが現れる。年に一度、この時だけ顔を合わせる間柄だが、何とな粋の合う仲だった。その付き合いは10年弱となり、その仕事を離れて会う事は無くなった。
浅野商店を目指して歩き出すと、興味を引くお店を発見。店の中には沢山のふくろうが並んでいる。
硝子戸を開けてはいると、そこにはふくろうだらけ。特に台に置かれた小さなふくろうは、最初陶器に見えたのだが、ご主人が出てきて、それはみな布で縫われたものだった。
 
ご主人の話では、この小さなふくろうは、80歳になるおばあちゃんが、一つ一つ縫われているという。それを、この店のご主人が台を作って、置物にしている。他の壁掛けなどの絵は、すべてご主人が、一つ一つ描いておられる。
 
お土産に、幾つかのふくろうを買ったが、それらを入れてくれる袋も手作りで、すべて手書きでふくろうの絵が描かれている。
お話し好きのご主人には、いろいろ話を聞いたが、沢山のファンがいるお店のようだ。「昔から絵が好きだったからね」と笑顔で話される。
 
我が家にもふくろうは幾つかいる。
門番をする陶器のふくろう。玄関に鎮座するふくろう。そして居間に家族を見つめるふくろう。またふくろうの仲間が増えた。
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注:写真は2009年のものです。
 
突然の解散で、年末に衆議院選挙が行われる。
大義がはっきりしない選挙で、それも12月のくそ忙しい中に、膨大な国費を使って行われる選挙に、腹立たしさを感じる。
 
わが町の選挙区は、毎回激戦区の一つ。前の選挙では元武蔵野市長の土屋さんが、元総理大臣の菅さんを破って当選。菅さんは比例区で復活当選。
その前の選挙では大激戦。全国の当選発表でも最後の最後まで決まらず、僅差で菅さんが当選し、比例区で土屋さんが復活当選。現在まで1勝1敗となっている。
早くも大物政治家の当否が取りざたされる中、田中真紀子氏と共に菅直人氏の敗戦が取りざたされている。地元感覚でとらえると、菅さんの評価は低く、長年武蔵野市長として実績を積んできた土屋さんの評価の方が高く、圧勝するような気がする。さてどうなるか。
 
解散総選挙が決まり、毎日、投票所でのアルバイトの求人メールが届く。
思えば今年の初めの大雪の日に都知事選挙があり、初めて投票所のアルバイトを行った。仕事について居なければ応募するのだが、今回は無し。
投票日は、12月14日は中野サンプラザホールでの舟木一夫ファイナルコンサートの日。期日前投票に行く事になりそうだ。
 
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その歴史は既に80年。
武蔵境駅前の飲み屋では一番古いはず。さすらいが生まれた時には有った訳だが、その頃は子供だったから、しっかりその存在を知るのは中学生になった頃で、行き始めたのが二十歳になった頃。
角地にあったから、角屋などと呼んでいる人もいたらしい。その店の名前が「たからや」と知ったのはずぅ~と後の事で、店の名前は知らなかった。
看板などなかったと思っていたが、昔の写真を見るとちゃんとある。入り口の引き戸はいつも開いていて、焼き鳥を焼く煙が立ち込め、沢山の人たちが、ぐるりと焼き場を囲んでカウンターがあった。確か木の丸椅子で、いつもぎゅうぎゅう詰め。常連の職人さんたちが早い時間から沢山いて、その内背広姿のサラリーマンの数が増えてくる。カウンターとは別にテーブルがあって、ここには亜細亜大学の学生などが、盛り上がって飲んでいた。
 
今は武蔵境駅も高架になり、かなりの時間を掛けて変ぼうを遂げているが、その昔は北口の改札口しかなく、すべての乗降客が、店のある北口から乗降したから、南側の境南地区の人たちも、踏切番の居た天文台踏切や五宿踏切を使って南へと帰って行った。境南地区には、さすらいの生まれた近くに、もみじ山と言う林があって、そこにはノーベル賞を受賞した朝永信一郎氏や、獨協大学を作った天野貞祐氏などが住んでいた。母の話では、文化村的な存在だったという。朝永先生も、たからやには来ていたというから凄い。
 
さて今のたからやだが、区画整理で、以前の場所からは少し離れ、お店の大きさも半分以下になった。常連さんの多い店だが、時代と共に常連さんの顔ぶれも変わって、昔のたからやを知る人は少ない。
それでも昔から通っている先輩たちもいて、先日などは、昔話に花を咲かせる。そうした話が出た時が一番うれしい時でもある。
先日は、ずいぶん知らない話を聞かせて貰った。小学校時代の同級生に会えるのもこの店。知り合いの二代目と出会う事もある。
 
この店で飲むのは熱燗。大きなヤカンで注いでくれる。溢さずピタリとコップに納まる技は凄い。それを溢さないように、口を近づけてコップをた繰り寄せる。
最近、ここで手が震えるのは歳のせいか?それともアル中なのか。(笑)
あぶら、かしら、しろ。これをタレで焼いて貰う。あぶらは名前の通り、豚の脂の部分。身体に良いとは思えないが、実に旨いから、また追加する。
煮込みはたっぷりのねぎと一緒に出て来る。ポテトサラダも人気メニューで、必ずソースを出してくれるから、好みによって掛けたりする。メインカツも旨い。
 
ジャイアンツファンが多いから夏場はテレビで野球放送が必ずかかる。今の時期は大相撲。同じ話題で知らない人同士が話が弾んだりする。
長い時間はいないが、熱燗を二杯から三杯飲んで約40分。良い気持ちで出る。癖になる。
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岐阜の街を歩いて、たどり着いたのが柳ケ瀬。
岐阜城からまさか歩いて岐阜駅まで向かうとは思わなかったが、途中の柳ケ瀬は気になっていた場所。夜ともなれば華やかなのだろうが、人はほとんどいない。そして目についたのが名画座の映画館。
 
柳ケ瀬ロイヤル劇場。
懐かしい手書きの看板が並び、入場料は500円。
時間があれば入るのだが、残念ながら時間が合わない。後調べだが、客席は300席弱と思ったよりは大きい。
親会社が大きいようで、フィルムがある限り営業を続けるそうだから、銀座シネパトスのように無くなる事はなさそうだ。
近くならまた訪ねてみたいが、行かれないのが残念でならない。
いつまでも営業を続けて欲しいものだ。
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岐阜駅に到着。
思っていたより殺風景な街に少し驚きを感じる。目的地は岐阜城。バスの乗り場を探している内に、山の上にそびえるお城を発見。望遠で見てみると、その姿が良く見える。
 
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岐阜公園前のバス停を降りると山頂に岐阜城の天守閣。
後で判る事だが、天守閣の全貌は、山の下からでなければ見えない。
金華山ロープウェイに乗り山頂の天守を目指すが、ロープウェイを降りてからも、山道の階段をかなり歩かねばならない。お年寄りの姿が多いが、時間が経つにつれ小学生たちが沢山ロープウェイを使わずに上ってくる。
 
戦国の世の動乱期、必ず出て来るのが美濃の稲葉山城。現在、金華山と呼ばれるこの山も、以前は稲葉山と呼ばれていたが、斉藤龍興から奪取して、織田信長がこの地を岐阜と名付け、城名も稲葉山城から岐阜城となった。
稲葉山も金華山と呼ばれるようになる。
 
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自然の要害を使った典型的な山城。
眼下に長良川の河川が伸びやかに見えるし、東南の辺りには木曽川の流れも見える。堅固な城郭ではあるが、持久戦になれば孤立するのは明白。水や食料が途絶えれば、堅固な城郭であっても守りきる事は出来ない。
 
天守閣は近代建築そのもので、まったく見るべきものはないが、流石にこの時代の天守台となる石垣を見ると歴史を感じるし綺麗だ。
もう30数年前になるが、長良川の鵜飼いに招待され、長良川での船上からこの天守を眺めた事がある。高い山の頂の天守は手の届かない遠い存在に思えたものだった。
 
資料館で、日本100名城のスタンプラリーの印を押して貰って山を下りた。