
交番で、昔ほどこうした指名手配のポスターを見る事が無くなった。何となく懐かしい思いで眺めてみる。ネット上でも警視庁の指名手配犯の顔写真が載っているが、それを見る人も少ないだろうね。ネット社会だから、ネットでどんどん流せば情報も入ってくるんじゃないかと思ったりもする。どこかに未だに隠れてるんだろうね。


「世界のミフネ」と呼ばれた三船敏郎だが、三船さんに関する本は少ない。そんな中、ネットでこの本を知り、早速取り寄せた。昭和の時代を代表する俳優さんなのに、晩年はひっそりと亡くなられたのが寂しい。石原裕次郎、勝新太郎、渥美清、美空ひばりと言った人たちの葬儀には、数万人の葬儀参列者がいたが、三船さんの参列者は一桁少なかった。そんな話を読むと悲しくなる。本の冒頭の序章「忘れられた栄光」の言葉が、それを表している。そしてこの本は、俳優三船敏郎、人間三船敏郎の両側面を語っている。さて、私が一番に嬉しく思ったのが、三船プロダクション撮影所のレイアウト。いつも頭の中に描いていた図であるが、形として現れた事で、尚更懐かしさが浮かんでくる。私のいたのが今から40数年も前で、たかだか2年間しかいなかったが、その頃の思いは忘れる事が出来ない。スタッフルームがあったのが別館で、2階が俳優さんの大部屋。衣装さん、床山さんの部屋も2階だった。江戸の街オープンセットでは、三船プロ作品だけでなく、沢山のプロダクションが来て撮影に使っていた。道を隔てたオープンセットでの思い出は、やはり大忠臣蔵の討ち入りシーン。写真の三船プロ玄関先では、三船さんご自身が箒を持って掃除をしていたり、ここで三船社長に声を掛けられて、ロールスロイスで三船社長ご自身の運転で、成城まで送って頂いた事なども思い出す。

出無精を解決しないとデブ症になる。目的地は浅草に決めて電車に乗るが、気が変わりお茶の水で降りる。なぜか神田明神は参拝客が少ないと決めつけていたが、そんな訳がない。参道には沢山の人が並んでいるから、「そうそう初詣に来たわけじゃなく、東京散歩が目的」と気持ちを切り替えて、写真だけ取って通過。秋葉原を抜けて御徒町、上野、浅草へと歩いて移動の予定。「いや待てよ!」明神下から上る手があったと、方向を変えて路地に入る。あっ!ここだと階段を上ると、カップルが下りてくる。それを見送ってカメラを向ける。登ってみて分かったが、そこは神田明神への坂の階段ではなく、ホテルへの坂道だった。なんだかさっきのカップルとすれ違ったのが気まずくなった。明神下の階段を見つけて登ると、上手い具合に本殿のそばになる。遠くから本殿を眺めて、社務所で熊手とお守り買って退散。秋葉原のジャンクショップ街を眺めて歩くが、ドンキホーテに来たような感覚。欲しいものを沢山見つけたが、全てスルー。でもまた行ってみるかも。さて次は御徒町から上野。

正月も3日を終えようとしています。全く正月の休みと言うのは早いです。31日から、わが家族3人は同時に休みに入りましたが、カミサンだけは、早くお今日から仕事。一気に我が家から正月気分が抜けて行きます。さてそろそろ2月の新歌舞伎座の日程を決めなくてはなりません。先月の12月は、中野サンプラザホール2014ファイナルコンサート、大宮ソニックBIG-3、そして新橋演舞場シアターコンサートと、楽しんだ後なので、まもなく2月の公演が始まるという意識が少し薄れていました。今月は知り合いの舞台公演が武蔵野で行われるし、月末には娘の結婚披露宴もある事から、舟木さんの公演も、遠く先のように思えていました。今回は上方という事もあり、お笑い含みの新作時代劇。一昨年昨年の大阪新歌舞伎座、名古屋中日劇場での「いろは長屋の用心棒」に続いて、舟木さんのコミカルな演技が楽しみだ。昨年の新橋演舞場「八百万石に挑む男」の評判が良かっただけに、また一味違う舟木さんの時代劇が、どのようになるのかが興味津々なところ。取りあえず仕事を休むことが出来ないから、土日に行く事になりそう。二週目にするか三週目にするか、そろそろ決めなければならない。日数が少ないから、京都を回るのは無理かもしれないね。それがちょっと寂しいところだ。

今から30数年前、量販店で仕事をしている頃、お偉いさんの朝礼の訓示の中で、「最近は生活習慣も変わって、元旦にパン食で済ませる人がいる。実は私も、そうした人の一人だ。」との発言があり、元旦は家族揃ってお雑煮を食べるのが当たり前と思っていたさすらいは、「年末におせち料理を売ろうとしているのに、何て事を言うんだ。」と思ったものだった。パン食がその当時から好きだったさすらいだが、流石に元旦のパン食には抵抗があった。あれから30年。時代の流れは環境を変えた。街には24時間コンビニが開いているし、スーパーなどのテンポも1月1日から営業をしていて、三が日何もしないようにと作ったおせち料理や餅なども、なくても良い時代になった。生物だって、年末に買いだめなくても、スーパーに走ればいつでも買える。それこそ一人暮らしであれば、元旦からコンビニに行っておにぎりでもサンドイッチでもカップ麺でも買えるから、何も年末だからと準備する必要もなくなった。しかし流石に元旦の朝食は、お雑煮とおせち料理を食べたいと思っていたが、今年は朝から墓参りもあり、途中でファミレスに入った。COCO`Sは、7月義父の家に片付けに行く際に、何度も寄ったお店。午前中10時までバイキングのお店で、好きな物が食べられる。朝8時過ぎだが、かなり混んでいる。従業員の数が少ないからか、並んでいる料理も無くなっていたり少なくなっていて、満足に選ぶことが出来ない。カミサンと息子は和食で、玉子掛けご飯。さすらいは洋食でパン。そこでパンを食べながら、冒頭の話を思い出していた。結局、写真の最初のモノはすべて食べ終わって、第二ラウンドで玉子掛けご飯。(笑)いつの頃からか、バイキング料理の場合は必ず、和食と洋食の2ラウンドと決めている。どうしても人が食べているのを見てると食べたくなるのが理由。墓参りから帰り、やっとお雑煮。我が家のお雑煮は、いたってシンプルで、鶏肉の出汁にお餅とナルトと三つ葉だけ。これが我が家のお雑煮だから、それ以外の具が入っていたら、きっと好きになれないだろう。今年は、三重の舟友さんが送って下さったお餅を入れた。ここ10数年、切り餅を買って入れていたから、そのお餅の伸び具合に感激する。カミサンと息子が良く食べるから、今夜見たら後4個しか残っていない。明日は早く起きて、残りを食べられる前に食べなければ。(笑)

あけましておめでとうございます。元旦の今日は、毎年恒例の墓参りです。今年ちょっと違うのは、昨年、義父と義兄が亡くなり喪中の正月であり、向かう車が新車になり、娘が嫁ぎ先に岩手に行っているので、息子とカミサンと私の三人での墓参りです。午後からは天候が悪くなると言うので、大晦日の日「8時に今に集合」と声を掛けたのが私。すると息子が「と言いながら出るの8時半になるね」と言うから、「じゃあ集合7時半」と言って、それぞれの部屋に別れる。今朝、といよりも、まだ2時半頃に咳が止まらず目が覚める。咳止めではなく、扁桃腺の薬を飲んだら嘘のように咳が止まった。八王子に向かう。富士山が綺麗に見え、向うにつれ大きく見えてくる。毎年の事だが、正月は空気が澄んでいて景色が綺麗に見える。南アルプスの山々の上には白い雪が見える。八王子霊園は、入ってすぐの所の南向きの絶好の場所に父が墓を建てた。父も母も妹もここに眠る。帰りは圏央道を使って八王子に出て調布で降り、今度は津田山霊園へ。昨年は、この墓に義父、義母、義兄の三人が入った。墓の継承の問題で、いろいろ面倒があったが、結局カミサンが墓守を続けることになった。墓の継承はなかなか難しい問題でもある。さて、家に帰り夕食にやっとお雑煮。今年は舟友さんが送って下さったお餅で、久しぶりに伸びのあるお餅を食べて、家族全員大感激。元旦の一日は、お祝いムードの無く過ぎて行く。昨年は、当ブログも、今までになく更新をする事もなく、反省しきり。今年は10年目にもなるので、初心に戻って書いていこうと思う。武蔵野舟木組同様、宜しくお願い致します。