逢えるじゃないか また明日 PartⅡ -12ページ目

逢えるじゃないか また明日 PartⅡ

ボスザウルスの隠れ家から「逢えるじゃないか また明日 PartⅡ」に変更しました。yahoo!ブログの閉鎖に伴い、アメブロに移動し、合体させました。引き続き宜しくお願いします。

ただ今編集中に付きしばらくは不完全ですので宜しく。

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早いもので、このブログを初めて10年が経ちました。
最近は投稿も余りする事もなく、気合の入らないブログにはなってきましたが、それでも10年間続いた事には、驚きと共に、良く続いたと褒めたい気持ちとがあります。

10年前書きだした時の記事を読んでみましたが、あまり進歩の無い自分が居て、何とも恥ずかしくなってしまいます。
10年を振り返ると、それまで欠けた事のなかった家族が、皆亡くなってしまいました。丁度ブログを書き始めた年、ブログを初めて直ぐ父が亡くなり、その1年半後に母が、続いて私より長生きするはずの11歳下の妹まで亡くなりました。そして昨年一昨年の1年間の間に、義母、義兄、義父と続いて亡くなり、今はカミサンも私もお互い両親や兄妹が全ていなくなってしまいました。
まぁこれからは、息子、娘夫婦と私たち二人の家族だけとなりますが、今後はどんな10年になるのでしょう。

10年後の20周年まで、ブログを続ける事など出来ないでしょうが、とにかく更新が少なくなっても、書き続けて行きたいと思っています。
別ブログに枝分かれした「武蔵野舟木組」も、後追いながら、来年の10月には10周年を迎える事になります。
こうして続けられるのも、訪問してくださる方が沢山おられるからで、その応援が大きな糧になっています。本当に有難うございます。

10年間のデータ
訪問者数  885494人
投稿記事  4563
投稿写真  4390
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武蔵境駅前で行われた盆踊り。
今はJR中央線も高架になって、南口も北口もないけれど、高架になる前の南口の正面。それこそ昔は何もなくてススキが生えていた場所。
ボーリング場が出来たり、パチンコ大学が出来た頃から、徐々に変貌して、イトーヨーカ堂が出来、ボーリング場が撤退して、ヨーカ堂の東館が出来た。
ロータリーになって、人の行き来も多くなり、数年前に「武蔵野プレイス」という図書館がメインの多目的施設が出来た。
一気に駅南側が活気づいて、駅前で盆踊りが出来るようになった。

最近は、それまで北口の飲み屋しか行かなかったが、友人の店が出来た事で、今では南側で過ごすことが多い。
武蔵境は、亜細亜大学、日本獣医生命大学があり、バス利用を考えるとICU国際基督教大学や武蔵野大学と言った大学もあり、武蔵境始発の西武多摩川線を使えば、東京外国語大学や警察大学校、更にはアメリカンスクールもある。

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盆踊りを見ていたら、北側の通路から音楽が流れてくる。
盆踊りの音に負けじと大きな音で演奏居ているのは、アンデス音楽のフォルクローレ。今から20数年前、芸大出のチェロのおばあちゃん先生と知り合い、いろいろなジャンルの音楽家を紹介して貰った。大変世話になったジプシーバイオリンのまどかまるこちゃんに出会ったのもその方の紹介。その他にもフラメンコの高橋さん入交さんを紹介して貰い、何度も仕事でお付合いをして貰った。そんな中、横浜のストリートで演奏しているフォルクローレのグループの話が出て、実際に演奏を聴きに行き、その場で交渉して、さすらいの仕掛けたイベントに参加して貰ったのが、フォルクローレとの出会い。

何とも言えない温かみのある雄大さを感じるフォルクローレ。地球の反対側の音楽だが、日本人の肌にも会う音楽だと思う。
サイモンとガーファンクルでお馴染みの「コンドルは飛んでいく」は、聴いた方は沢山おられるだろう。私の一番好きな曲は「花祭り」
久しぶりに気分よくその後もお酒を飲めました。
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毎朝9錠
尿酸値を下げる薬
尿酸結石を押さえ溶解する薬
酸性尿を改善する薬
排尿促進する薬
痛み止め
胃薬

全く毎日沢山の薬を飲む。尿酸値は薬の効果で基準値に達している。
ただ腹に結石のある感じはあり、たまにではあるが血尿もでる。
改善はされているようだが、完治には足らず、飲み続けなければならない。

そして更に尿酸値に影響を及ぼすプリン体と戦うヨーグルトを飲み始めた。
ヨーグルトタイプと、飲むヨーグルトタイプがあり、交互に毎日飲み続け、今日で1週間を超える。勿論冷蔵庫には在庫を用意。

実際にプリン体が改善されるかは良く判らないが、ヨーグルトは元々好きだから、毎日飲んでも苦痛はない。
効果が出始めたら、また書く事にしよう。
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地元武蔵野でも、知っている人は知っているが、知らない人は、まったく知らないと言う「やぎ」
さすらいが気が付いたのは、もうかなり前なのだが、いろんな人が情報を上げている「夜中のやぎ」(笑)

大きな地元の農家の畑に、白いやぎを、夜中に見て最初はビックリ。
畑に生えた草を食べさせるのに、レンタルやぎを借りているのではないかと推測している。以前レンタルやぎが居る事をテレビで知ったから、それではないかと思っている。
広い畑だが、何故か夜になると、道に近い所にいるから、気が付いた人たちが良く見たり、写真を撮ったり。
昨夜は、丁度歩道にベンチがある所で、男の人がやぎを見ながら何か食べてた。(笑)「なんで道に近い所にいるんだろうね」「きっと街灯のある明るいところが好きなんじゃない」などと話をした。

やぎも暑くて大変だね。
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セミが鳴かないと夏らしくない。と言っても、夜中までうるさくセミが鳴くようになると、この暑さの中、更に暑苦しくて仕方がない。
武蔵野のセミは、昔はニイニイゼミが多くて、蝉取りをしてもニイニイゼミは直ぐ捕れるが、アブラゼミは中々捕れなかった。ツクツクホウシやヒグラシのような、透明な羽を持った蝉は、素早いし数が少なくて、捕るのが大変だった。
ミンミンゼミも余り鳴いている事はなく、漫画の吹き出しなどで、蝉の画に「ミ~ンミ~ン!」などと書かれていても、ピンとこなかった記憶がある。

そんな時代から60年近く経って、今武蔵野でニイニイゼミを見る事は殆どなく、昔はいなかったアブラゼミが一番多い。ミンミンゼミの鳴き声もここ数年聞かれるようになったが、まだ今年は聞いていない。

子供の頃は、井戸の周りに幼虫が出てきて、脱皮する姿を良く見たものだった。暑い昼間ではなく、朝方抜け出すようだ。

アブラゼミが増えたのも、周辺の環境が変わったからだろう。

昔は我が家の近くには、オナガドリが我が物顔で飛んでいたが、一時カラスが増えてきてオナガドリの姿を見なくなったのだが、最近は又、オナガドリの姿を見るようになった。カラス同様、ヒナが孵るとオナガドリも狂暴になる。
気の強い鳥だと子供心にも思っていたが、やはり今見てもオナガドリは気が強い。カラスの三分の一ほどの大きさだが、春先に2羽のオナガドリが、大きなカラスを追い回しているのを目撃した。カラスが必死に逃げている姿は、カラスの天敵さすらいとしては嬉しい。(笑)

武蔵野には林が多く、東京都と言っても自然豊かな場所だ。
路を歩けば四季の花が咲き、鳥の種類も多い。流石に最近は立派な角のカブトムシやクワガタが飛んでくる事はないが、カナブンや地元ではブーチンと呼ぶカブトムシの雌やクワガタの雌は見る事が出来る。
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赤いスニーカーを買った。
赤は好きな色で、最近はそれでも赤いものは余り買わなくなったが、ポロシャツとか、ブルゾンとかも赤の物を好んで買っていた時期もある。
流石に赤のスニカーなどは若い頃は売ってなくて、赤い靴は初めて。

スニーカーも最近は履く事もなくて、息子のお下がりのグリーンのスニカーをたまに履くのだが、余り気にいってなくて、一足欲しいと思っていた。
最近の靴は軽いし、膝や腰が重たく感じるから、スニーカーを履くのが良いと考えてもいた。
ウォーキングシューズを1足撰んでから、スニーカーが沢山並んでいるので、もう一足と思って白や黒の無難な色を選んでいたらカミサンが「赤いのスニカーが良いんじゃないの」と。自分一人で買って帰ったら「なんでそんな色買うのよ」とか言われそうだから買わないが、カミサンの後押しがあるならOK!
「お爺ちゃんが赤いスニーカーなんて可愛いじゃん」と言われ、満更でもない。

カミサンはその昔、まだカラーシューズなどない頃、コンバースの綿の白いスニーカーを、自分で染粉を使って染めていたらしい。今でもカラーのスニーカーを見掛けるとその話になる。

ところで赤のスニーカーのサイズが28㎝。履いてみたら入らない。最近足がむくみがちで、28㎝で充分だったのだが、幅が広い4Eとかでないと駄目。一旦は諦めたが、在庫を見たら29㎝があった。(笑)
カミサンが「こっちには30㎝もあるよ」って言うけど、それは大きすぎ。(笑)
若い頃は、大きなサイズと言うと27㎝までで、大きな店でも28㎝は2,3足しか置いてない事が多かった。それでも28㎝は最近多いのだが、まさか29㎝30㎝のサイズまで揃っているのは嬉しいね。

身長が高いのを羨ましく思われるが、実は服にしても靴にしても靴下にしても、結構合うサイズがなくて、長年苦労してきた。27㎝の靴を無理やり履いて、足に靴擦れの傷を沢山つけながら、靴が伸びるまで無理して履いたりもした。そのための足の指の爪が変形したり、かなり苦労してた。
今の時代は、本当にいいよね。
赤いスニーカーを履いたお爺ちゃんが居たら、それは私です。(笑)

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7月17日は石原裕次郎さんの命日。二十九回目のあじさい忌でした。

鶴見から離れて約20年経ちますが、何年に一度は、このあじさい忌に合わせて裕次郎さんのお墓参りをしますが、今年は仕事も休めず、行く事は出来ませんでした。

鶴見在住のお仲間、いつもお世話になっているKさんが、今年も法要に行かれ、写真を送って頂きました。ネットニュースで、6月に渡哲也さんが急性心筋梗塞で手術をされ、入院している事を知りましたが、それもこの法要時に発表されたそうです。

Kさんからの報告を、載せさせていただきます。
今日の朝、石原裕次郎さんの29回忌法要が朝9時より行われました。お墓には午前7時30分過ぎ到着しましたが早くも20名ほどのファンがすでに集まっておりました。今年は台風の影響のためか人は思ったほど少なくて百人ぐらいだったでしょうか反対に報道関係のビデオカメラの多さが目に付いた。例年なら二台か三台が墓前に並ぶのに今回はなんと五台のビデオカメラがズラリと並んで祥月命日(しょうつき めいにち)の法要の開始を待ち構えていた。これを見て今年は何か特別な事があるのかな?と思ったぐらいです。午前9時前に総持寺のお坊さんたちに続いて石原まき子さんを先頭に舘ひろしさんら石原軍団の面々が到着しました。あれっ~!渡哲也さんがいない、いったいどうしたんだろう?・・・。それでも法要は何事もなかったかのように進行していく、石原まき子さんのご焼香に始まって舘ひろしさん、神田正輝さん、徳重聡さんそして若手石原軍団三人が続いた。ご焼香が一通り済んだ後に石原まき子さんのファンに対するご挨拶のなかで渡哲也さんの出席出来ない理由が初めてあきらかにされた。それによると先月に体調を崩して入院していたそうです、現在は退院して自宅で療養中とのことでファンの皆様にはくれぐれもよろしくとおっしゃっておりましたとの事です。尚、これに関してはちょっと気になっていたので家に帰ってさっそくネットニュースで調べたところ、渡哲也さんは急性心筋梗塞のため6月10日入院し、すぐに手術をしたそうです。その後、自宅に戻っていまは体調は良いみたいです。日本映画界のなかで個性派俳優として貴重な人なので早く元気になってほしいものです

総持寺は、7月17日からみ霊祭盆踊りが毎年行われる。
駐車場には盆踊りの矢倉が組まれ、参道には屋台が何軒も立ち並ぶ。
朝早くから全国の石原裕次郎ファンが、早くから並ばれている。
また今年は行かれなかったが、Kさんの報告に感謝しています。


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今日は車で舟木一夫コンサートへ。
どうせならCDを聴きながら行こうと、CDを持ち込んだが、どう見ても入れる場所が見つからない。SDカードなら入りそうな案内があったので、わざわざ途中でミニSDのフォルダーを買おうとヤマダ電器へ。
フォルダーだけは売っていないので16Gを買って車へ。ところがSDカードを入れる所も見つからない。お恥ずかしいが、取説を見たが判らない。あれこれ触っていたら、突然画面が動いて。CDの居れる場所が登場。おぉ~!
まさかこんなところに隠れてるとは。完全に時代遅れの爺さんになっていた。

なんだかいろいろな機能がついてるが、まったく理解していないから困る。
ぶつかりそうな危険を察知して、ピ~ピ~とうるさいが、おかげで無理しないから、今の所ぶつかっていない。バックカメラも、やっと慣れて来たので、車庫入れも上手くなってきた。(笑)
やはり少し苦労して遠出でもしないと、機能を使いこなせないのかな。
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今日も30度越え。
エアコン取り付けギリギリセーフだ。
我が家のエアコン、最大で5台が稼働する。当然50Aでも電子レンジをチンしたり、ドライヤーを使えば、即停電。電気代を気にしない人たちばかりだから、支払い担当に昨年から就任した私は、なるべく稼働したくない。ただ、暑がりが2人いるから、夜中でもエアコンは稼働する。
居間のエアコンが壊れて1か月。涼しい日が続いたから別に気にしていなかったが、急な暑さの到来に、義父の所から昨年取り外してきた半年しか使っていないエアコンを、買わずに取り付ける事にした。朝から業者が来て取り付けは終了したが、リモコンが見当たらない。仕方ないので現在は強制稼働させている。
汎用性のリモコンを買いに行く事にするが、買って帰るときっと見つかる気がする。
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夜中に目が覚め、何故か爪が伸びているのが気になって、爪切りを探す。
「夜、爪を切ると、親の死に目に会えない」
そんな事を言われた事があって、夜爪を切るのは嫌いだったが、それでも考えると夜に爪を切る事の方が子供の頃から多くかった。
だからと言う訳ではないだろうが、父と母二人とも死に目には会えなかった。

爪切りは、自分用に3つあったが、どこに行ったか今は一つしかない。
今愛用の爪切りは、その3つの中でも一番良く斬れて、お気に入りの爪切りだから、これが残っているのは嬉しい。
爪切りは、200円程度の安物から、ニッパータイプの高級品もあるようだが、従来型の爪切りが一番いい。この爪切りは、もうすでに10年以上使っているが、買った時は、高いと思って買ったから、2000円くらいしたかな。
爪切りと単純に言っても、爪切りされど爪切り。と思うほど、使い易さと切れ味が左右する道具だ。

この爪切り、切れ味抜群。更にヤスリの部分は、特別な細かいヤスリが張り付けてある。だから最後にガリガリと擦らなくても、軽く細かく削るだけで、爪の先がきれいに削れる。
今まで一番駄目だった爪切りは、よく景品などで貰う事のあった大型の爪切り。確かに足の爪を切るには良いのだが、切れ味が悪く、切っていてもむしずが走る。爪切りは無理しても高い切れ味の良い物を選ぶべきだと思う。

母が使っていた包丁は、いわゆるステンレスの三徳包丁で、すぐに切れなくなるから、また新しいのを買ってくる。切れなくなった包丁も、昔の人だからすぐに捨てられなくて、切れない包丁が何本も台所にあった。
今使っているのは、20年以上前に買った牛刀で、横浜の付き合いのある刃物屋さんに選んでもらって安く買ったもの。切れなくなっても、当時母が使っていた包丁よりは良く切れるし、切れなくなれば砥石で研ぐ。ただ研ぎ方が良く知らないから、完ぺきとはいかない。
2000円前後の包丁は、すぐ切れなくなるから、少々高くても良い包丁を買えば、結局は長く使えるし、安上がりだと気が付く。

爪切りも良い物を買えば、一生ものなのだろうと思ったりする。