赤坂 | 逢えるじゃないか また明日 PartⅡ

逢えるじゃないか また明日 PartⅡ

ボスザウルスの隠れ家から「逢えるじゃないか また明日 PartⅡ」に変更しました。yahoo!ブログの閉鎖に伴い、アメブロに移動し、合体させました。引き続き宜しくお願いします。

ただ今編集中に付きしばらくは不完全ですので宜しく。

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東京の田舎者にとって、敷居の高居場所がある。その一番手は、やはり銀座。
その銀座から地下鉄に乗って着いたところが赤坂で、ここもまた敷居が高い。
今でこそ、赤坂見附にある三枝子姉さんのお店『悠』に良く行くから、夜の一ツ木通りだけは、敷居も徐々に低くはなったが、昼間の赤坂など、ほんと歩いた事がないから、ソワソワしながら歩いてしまう。比較は違うかもしれないが、京都の先斗町でも祇園でも、また金沢の香林坊でも、仙台の国分町でも、またまた博多でもススキノでも
旅行という名目があるから、どんど歩けてしまうし、奥することはなく店にも入れるのだが、東京となると、なんだかこれが不思議でそわそわしてします。
田園調布を歩いた時も成城学園を歩いた時も、やはりそんな気分がしたものだ。
東京の田舎っぺのさすらいである。
 
赤坂。
古くは武家屋敷があった場所で、明治以降ブルジュア層の都心部における高級住宅地でもあり、高級料亭や旅館が密生していた。
銀座と並び称される、高級繁華街と言って良く、庶民的な街とは言い難い。新宿渋谷池袋と言った繁華街とは、全く様相が違う。
赤坂を歩いて、改めて自分が浅草を好き意味が、よく解った気がした。
 
短い時間で、赤坂の一部を写真で切り取ってきたが、中々楽しい時間だった。