通常、組織では命令や指示は日常的な行動態様でしょう。最近では、ティール組織といった指揮命令系統が明確に存在しない組織も現れていますが、多くの組織では軽重の差はあっても、指揮命令系統は存在します。
そしてそこには潜在的に「命令と服従の原理」が埋め込まれており、誰もがそれに絡め取られるリスクがあると考えられます。

「命令と服従の原理」から逃れるにはどうしたらよいのでしょうか。
自分の弱さを知り、弱いからこそ何かに誰かに支配されないために、精神性において自らを閉ざされた環境に身を置かない、つまり精神性独立が肝心だと思います。
心理学の実験で、人は閉ざされた環境では自らの良心とは異なる選択をしてしまうことがわかっています。全員必ずそうなるわけではありませんが、高い確率でそうなってしまうのです(なお、そうならない理由は明らかになっていません)。

組織は閉ざされた環境といえますから、それを意識しないと良心を忘れてしまうことがあります。
何十年も前の話ですが、私がいた会社であった実話です。
ある事業部が売上目標達成のため粉飾決算をしてしまいました。刑事事件にもなり、担当常務と部下の数名が逮捕・起訴されたと記憶しています。
当時、私がいた会社は業界1位の売上を目標とし、業界1位の会社から社長を引き抜き実際に1位にもなったのですが、常務が率いる事業部はその流れのなかで売上の伸びが著しく、粉飾がなくても成績は良かったと思いますが、計画未達だったのか常務が先頭にたって粉飾に手を染めたのです。
法令違反の行為であっても、自分たちの利益につながることであれば、常務がやれと命令したならば、「命令と服従の原理」で部下はかなりの確率でやってしまいます。悪い意味での一蓮托生の気持ちに容易に陥ってしまうのです。

閉ざされた世界、特に会社のような生活の糧を得るために属している依存性の高い世界では、精神性において厳しく独立していないと良心をどこかに置いたまま信じられないような行動をしてしまうのです。会社での不祥事はだいたいこのようなパターンが多いのではないでしょうか。
ヒポクラテスの誓いに「知りながら害をなすな」とあるが、知りながら害をなしてしまうのが精神性において独立していない者が陥ってしまう行動です。会社人間が陥りやすい行動とも言えるでしょう。

精神性において独立するために役立つ考え方があります。
組織のような閉ざされた環境で利害得失ばかり考えていると、身だけでなく心も閉ざされた環境に捉われてしまので、それを防止するための考え方です。
誰が言ったか定かではありませんが、役に立つことだけしていると、役に立てなくなる。役に立たないことが役にたつのだ。つまり、目に見えないことを大切にせよ、皆がやっていないことを大切にせよ、という逆説的な姿勢です。精神性独立の妙を語っています。