「真善美」とはおそらく野中郁次郎先生が最初に提示した概念でしょう。
「真善美」を追求しながら企業活動を行うことが大切で、それは組織のあり方や組織員が目指すべき行動規範でもあり、行動するための源泉と言えるでしょう。
多くの企業が「真善美」を追求しながら企業活動を行っているかと問われると、私は少々疑問を感じます。経営理念や行動基準などで、組織の目指すべき方向性を「真善美」の概念を取り入れて表現している企業は多いかもしれません。しかし実際には、経営理念など新人研修以来見たこともないといった人は案外多いものです。先日参加したある研修では、半分以上の方が経営理念などよく知らないと答えていました。
もちろん、「真善美」は経営理念や行動規範に表現されることが重要なのではなく、むしろ日々の小さな活動に多く見出されるべきものでしょう。しかしながら、実際に話を伺うと、「真善美」を意識しているとは思えないことが少なくありません。
私はよく企業の方から、マネジメントの正しいやり方とは、正しいやり方を浸透させるにはどうしたらよいか、などと聞かれます。つまり方法を聞いてくる方が非常に多いのです。何か正しい経営管理の方法が存在すると思っている方が多いのです。
正しいことを自ら追求するのではなく、お手軽に取得しようとするのは本当の意味での「真善美」を見出す態度とは言えないでしょう。
「真善美」を見出す力を私なりに言語化すれば、それは、損得計算や分析といった論理的思考ではなく、全体観をもったうえで共創や幸福を追求し、対立や葛藤、矛盾を乗り越えて新しい何か、価値のある何かを創造し得る力、あるいはその源泉といった感じのものだと思います。
説得力には欠けるかもしれませんが(論理的には説明できないことが多い)、なんとなくわかる、いい感じがする思考、表現、物言いが「真善美」を追求することで出てきます。
数年まえにトヨタの社長が言った「いい車をつくろう」という言葉は、「真善美」を見出すことの重要性、必要性をシンプルですが見事に表現しています。
現代においては、物質的豊かさを追求した時代の思考回路ではもはや不十分です。つまり機能性や効率性といった何かの基準で測ることだけを重視するのではなく、測ることはできないけれど何かいいと感じられるものを、物質的基準では測れないものを「真善美」に基づき生み出すことが求められているのだと思います。
日本で独自に発達し、世界的に評価されているものとして思い浮かぶのはコンビニと鉄道システムです。これらの特徴を大胆に表現すれば、受益者目線での細やかさと新しい価値創造の発露だと思いますが、これはまさに「真善美」を追求した結果ではないでしょうか。
日本社会を俯瞰すると、案外「真善美」の追求によるサービス、価値提供は多いのかもしれません。