「リスキリング」なる言葉が喧しい昨今です。
2020年のダボス会議で言われたことが発端らしいですが、経済産業省では以下のように定義しています。
「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に対応するために、必要なスキルを獲得すること/させること」
この考え方自体に誤りはないですし、特に変化が激しい現代にあっては、こうしたことを忘れずに自分を磨くことは至極まっとうなことであり、正直なところ何を今更という感じもします。
リスキリングが喧しくなることで危惧するのは、スキルにとらわれない広い意味での学びを忘れてしまい、スキルを最上位に置くことの危うさです。スキルとは何かができる能力であり、スキルなしに仕事をすることはできないし、生きるためには必須のスキルはたくさんあるでしょう。
したがって、スキルを重視することは大切ですが、スキルを身につけて終わりではないのです。
むしろ、スキルは何かを行うための道具であり、道具を使う人間として身につけておくことが他にたくさんあることに自覚的でなければいけません。
教育学者の佐伯胖(ゆたか)氏が著書「学びの構造」のなかで学べない人間には3つのタイプがあると言っています。
一つは「無気力型」、これはいうまでもないでしょう。二つめは「がり勉型」、これは少し説明が必要です。がり勉型は勉強と言う「無意味作業」に課す要求水準が高いのみで、勉強があくまで「やる」べき作業であり、やっているという動作が勉強のすべてであると考える人を指しています。こういう時期があった人は案外多いのではないでしょうか。かくいう私も中学校くらいまではそうだったように思います。
つまり、何のために勉強しているのかが曖昧なまま勉強という作業そのものに価値を見出している状態です。
三つめは「ハウ・ツウ型」です。このタイプはあらゆる知識の問題をすべて「やり方」の問題、うまくやる方法や手段の問題としてとらえ、何か失敗をすると、常にどうやればよかったのかを考えます。しかし、この人に根本的に欠けているのは、「なぜ?」とか「何?」という真理への問いかけであり、世界は何であるかなどには全く関心がなく、うまくやること、とりわけ自分だけがうまくいき「成功」することが大切だと考えてしまいます。
「ハウ・ツウ型」に陥ってしまうことは社会では案外多いのではないでしょうか。
「がり勉型」から直行して「ハウ・ツウ型」になってしまうケースも少なくないように思います。
いかに成功するかに関心が強すぎて、成功するためにはどうしていけばよいか。企業や組織の中にいると陥りやすい文脈です。社会がそうさせているのは疑いようがありませんが、肝心なことは自分自身がその点に気がつくかどうかです
「リスキリング」なる言葉に踊らされてはいけません。