こちらのブログでは以前からジョブ型雇用について懐疑的であることを述べてきましたが、最も重要と思われるポイントについてまとめてみたいと思います。
まずジョブ型雇用の定義ですが、きちんとしたものはありません。おおよその定義として、「職務内容を職務記述書に明らかにして、その職務に適する人材を採用・配置する制度」であり、報酬は職務内容によって決定するとされます。
つまり、人(ヒト)を軸にした人事制度ではなく、仕事(ジョブ)を軸にした制度であることはすぐにわかります。
従来の日本の人事制度は人を軸にしたものでした。すなわち、職務内容に関わらず、新卒中心で採用し、企業内で様々な職務を経験させ、報酬は各人の発揮能力をもとに決定します。そして、職務能力と適性は時間をかけて修得するものだという、人を仕事に合わせていくような発想が根底にあります。
一方、ジョブ型は始めに仕事ありきで、その仕事ができる人、能力と適性のある人を採用するものです。すなわち、従来の考え方とは根本的に発想が違い、全く逆の発想です。
こうした逆の発想が出てきた背景には、一種の焦りがあるのだと思います。
技術革新、グローバル化、DX(デジタル・トランスフォメーション)などの影響で、企業には対応人材の不足感があります。
こうした状況下において、もはや人材を育成している時間がないと判断し、ジョブ型雇用により即戦力を求めるのは合理的でもあります。また、働く人に対して危機意識をもってもらう効果も期待できます。
そういう意味ではジョブ型雇用のメリットはないわけではありませんが、この仕組みは人事上の最も大きな課題である人材育成面で問題を抱えているといわざるをえません。
いうまでもなく、社会環境は常に変化します。変化に応じて求められる物やサービスは変化し、そうした変化に対応するのが仕事であり、企業の本質でもあります。
そうした変化対応を人材育成の課題として、従来は企業の責任のもと行ってきたのがいわゆるメンバーシップ型といわれる人事制度です。
しかし、ジョブ型はそうした変化対応を企業中心から個人中心にシフトすることを暗に求めている制度なのです。
個人の自由に配慮した制度という人もいますが、私には詭弁に聞こえます。
欧米では確かにジョブ型雇用が多く行われていますが、それは能力向上のための機会が社会として充実していることが背景としてあります。社会システムが確立されているのです。
公共職業訓練が充実していること(米国は除く)、学校教育と企業内インターンシップの連動が盛んであること、社会人経験者が学生に戻り学校と企業の行き来が多いことなど、日本のようにいったん就職したら学校へ戻りにくい環境とは雲泥の差があります。
日本は能力向上の仕組みがいわば単線型で、欧米は複線型です。そうした仕組みの違いを考慮せずに、単純に必要人材を効率的に採用し活用するためにジョブ型雇用を取り入れるとしたら、それは早晩失敗するでしょう。
日本では能力向上は企業内で行うのが当たり前であり、個人の責任において行うような社会インフラは備わっていないのです。