「大転換」と聞いてピンとくる方は、あまりいないかもしれません。
経済学者カール・ポランニーが書いた書籍ですが、私もどうして出会ったか記憶にないくらいですから、一般的にはあまり知られていないでしょう。
しかし、その内容は80年前に書かれたとは思えないほど現在の我々にとって示唆に富むものとなっています。
どういうことかというと、80年前にすでに市場優先の限界を明らかにしており、歴史は繰り返すこと、人間の愚かさを今の我々に気づかせてくれるからです。

ポランニーの主張はこうです。
19世紀に生まれた自由市場を「自己調整的市場」と呼び、その特質は生産要素の商品化にあるとします。
生産要素とは、「労働」「土地」「貨幣」であり、これらは本来自然や社会にあるものです。
それを市場原理のもとに置いて商品化するところに「自己調整的市場」の特徴があるといいます。
そして、その特徴からある動きが現れます。
それは、「自己調整的市場」が展開されればされるほど、それに対する「抵抗」が生じ、その「抵抗」が何らかの措置として現れてくるのです。
労働市場でいえば労働者として賃金を得ることが主流となったため、それまでの貧民に対する救済に代わるものとして最低賃金法が制定されます。
貨幣でいえば貨幣の金本位制に基づく流動化への対応として中央銀行が設立されます。
現代の我々にとっては当たり前のことですが、ポランニーによれば、これらは国家の介入であり、自由市場とは相容れません。
しかし、これらは自由の背後に潜むリスクへの対応であり、社会生活を守るためには必要な対応です。

これら一連の生産要素の商品化に対する対応は、「自己調整的市場」による社会の不安定化に対する防衛措置といえます。
ポランニーは、この自由市場と防衛措置を「二重の運動」と呼びましたが、「二重の運動」は20世紀になり大きな社会変化を生じます。
それは、1930年代のファシズム、第二次大戦後の社会主義であり、自由市場に対する防衛が極化してしまった結果です。
今日においてもなおこの「二重の運動」における「影」は我々を悩ませます。
「労働」「土地」「貨幣」といった生産要素は、自然や社会と人間をつなぐ存在であり、それを市場化してしまうと、生産が不安定化してしまうのは必定であり、なんらかの防衛措置は必要です。
だからといって、ファシズム、社会主義のような全体統制の社会は、自由な意見が言えない、一部の権力階級に富が偏在してしまうなど、問題が多いことを歴史が証明しています。

現代は再び新自由主義やグローバリズムによる富の偏在への批判が強くなってきています。
20世紀初頭の再来ともいえる状況で、防衛措置として生産要素の市場化の統制について議論を深めるべきですが、飛躍して全体主義を主張する人たちが増加傾向です。
しかも、自由主義陣営の指導層にも現れてきていますから厄介です。
また、国家の数でいえば、すでに全体主義国家が国連加盟国の多数派を占めているのが現状です。
自由市場への防衛が極化してしまわぬよう、慎重な対応を現代の我々は求められており、そのことを80年前にすでにポランニーは指摘しているのです。