クレイトン・クリステンセンがその著書「イノベーションのジレンマ」で指摘したことですが、高い品質を目指していた会社が、低い品質が席巻するマーケットに対応できず、退出あるいは縮小を余儀なくされるケースがあります。
通常、経営者は、マーケット動向に関する様々なデータを基に“論理的”に考え、自社がもつ資源の有効活用を念頭に、“より良い”プロダクトやサービスを創出することに注力します。
経営者としては至極当然の行動ですが、時々マーケットは、低い品質の商品で十分満足するようになり、それが主要マーケットを形成してしまうのです。

クリステンセンの指摘により、最近では広く知られた現象ですが、実際に当事者になるとどうでしょうか。
「イノベーションのジレンマ」が発生している状況から、勇気をもって撤退できるのでしょうか。
マーケットは、“品質で劣る商品”よりも“品質で勝る商品”を選ぶに決まっている。
あるいは、低い品質の商品が主流になっていることには気づいていても、それまで投資や努力が無駄になってしまうことを恐れ、引き続き高い品質を追求してしまう。
当事者になると、案外「イノベーションのジレンマ」にはまってしまうことが多いのではないでしょうか。
「イノベーションのジレンマ」を回避し、品質の低いものでマーケットを形成した事例として私が好きなのはホンダの“スーパーカブ”の話しです。

ホンダはアメリカ進出に際して、アメリカ市場では主流の大型バイクで勝負すべきと考えていました。
しかし、ホンダの大型バイクはアメリカのような広大な土地を駆け抜けられる耐久性に欠けており、全く相手にされない状況が続きました。
そうしたなか、ホンダの駐在員たちはセールスで動き回るのに、日本から持って行った“スーパーカブ”(お蕎麦屋さんの出前や新聞販売員が乗っている50ccバイク)を使用していました。
ある日気晴らしに丘陵地帯まで“スーパーカブ”で出かけたところ、そこにバイクの愛好家がいて、見たこともない小さなバイクに興味を覚え、どこで買えるのか聞いてきました。
そこから口コミでオフロードバイク愛好家を中心に“スーパーカブ”の存在が知られ、注文ベースでの販売が開始されました。
これは大きなマーケットになるにちがいないと駐在員は直感し、販売体制を強化すべきと本社に進言しましたが、本社では、アメリカ市場は大型バイクが主流であり、“スーパーカブ”などアメリカで売れるはずがないと考えています。
大型バイクマーケットにおいて“より良いもの”が求められているという“思い込み”、つまり先行商品を性能面で追い抜くことが“論理的”に正しいとされていたのです。
しかし、当時の本社側の担当者は、駐在員たちの熱意にほだされました。“論理的”判断を超えて“スーパーカブ”の本格輸出のゴーサインを出したのです。
企業努力による性能向上も相まって新たな“小さなバイク”の市場が形成され、その後様々なバイクを開発しホンダによる新しいマーケットが、アメリカにとどまらず“世界的にも”形成されていきました。
当時の駐在員の直観と進言、そして本社側の英断がなければ“F1エンジン”も“ASIMO”君も“ホンダジェット”もこの世に存在しなかったかもしれません。
“スーパーカブ”の事例は、イノベーションの隙間に原石が存在し、それを磨くと、新たな市場が創出される好例です。
そこには論理を超えた直観、感性の重要性が垣間見られます。