経団連の前身である日経連が、1995 年に『新時代の「日本的経営」-挑戦すべき方向とその具体策』(以下、「新時代の日本的経営」)を出版し、所謂「雇用ポートフォリオ」を提示したことをご記憶の方もいらっしゃるでしょう。
「雇用ポートフォリオ」は、「長期蓄積能力活用型グループ」、「高度専門能力活用型グループ」、「雇用柔軟型グループ」の3つで構成されています。

「長期蓄積能力活用型グループ」は、日本的雇用慣行の中で育成された、主に新卒入社でキャリア形成しながら企業内熟練を習得する内部労働市場型人材です。企業の中核的存在といえるでしょう。
「高度専門能力活用型グループ」は、それまでにない新しい人材像で、有期雇用で転職を通じてキャリアを形成する高い専門能力を持った人材を想定しており、処遇は職務や職能ではなく、成果(業績)を評価する年俸制や業績給を前提としています。
「雇用柔軟型グループ」は、その名称自体は新しいものですが、従来から存在したパート労働者、契約社員、派遣労働者のような期間の定めがある有期雇用契約による人材であり、処遇は時間給が中心です。

この「雇用ポートフォリオ」が提示される以前は、名称こそ付されてはいませんでしたが、「長期蓄積能力活用型グループ」と「雇用柔軟型グループ」の2種類が実質的には存在し、それなりにうまく雇用システムが機能していました。
それではなぜ「高度専門能力活用型グループ」が加わってきたのでしょうか。
この提言にいたる検討内容がオーラルヒストリーとして一部明らかになっていますが、「高度専門能力活用型グループ」は検討委員のなかで賛否が分かれ、全員一致の考え方ではありませんでした。
導入は、ある重厚長大産業出身の委員が、長期雇用保障の限界による人材の流動化の必要性を強く主張したことが決め手になりました。重厚長大産業の産業界における相対的な地位の高さが影響したと考えられます。
なぜならば、日経連プロパーの委員からは、「高度専門能力活用型グループ」の導入は日本の雇用風土にはふさわしくなく、また専門能力を高めるための社会的インフラが十分とはいえない環境の日本で、本当に実現するのか疑問が呈されていたからです。
結局、この「高度専門能力活用型グループ」は日経連プロパー委員の予想通り、日本企業ではほとんど実現せず現在に至っています。

今年の春闘を前にして経団連は以下の提言を行いました。
―日本型雇用システムのメリットは活かしつつ、多様な人材のエンゲージメントを高める観点から必要な見直しを行い、各企業にとって最適な「自社型雇用システム」の確立を目指すことが検討の方向性になります。
具体的には、

(1)通年採用や中途・経験者採用の導入・拡大など採用方法の多様化

(2)自社の企業戦略を踏まえたジョブ型雇用の導入・活用

(3)働き手が担う仕事・役割・貢献度を基軸とした賃金制度への見直し

(4)社内公募制やフリーエージェント制など主体的かつ複線型のキャリアパスの実現

などが考えられます。
こうした諸施策を見直し、自社にとって最適な組み合わせを検討していくことが望まれます。―


以前のように存在感のある企業が全体の方向を決めるようなことはなく、各企業の実情に応じた「雇用ポートフォリオ」の確立が求められる時代になったといえるでしょう。