経済学では新自由主義における金融緩和をどう説明しているのでしょうか。
新自由主義は、競争は市場に任せるべきで、規制をできるだけなくし、金融への政府の関与もできるだけ少なくして小さな政府を目指すべきだ、という考え方であると認識しています。
しかし、現在の日本は市場重視ではあるものの、金融政策はまるでタガがはずれたような緩和策で、新自由主義とは言い難い様相です。
日本経済は90年代初頭にバブルがはじけ、建設業、不動産業、卸売業の構造不況の影響もあり、不況から脱するための道筋として、“護送船団方式”に代表される、官民が協力して一定の規制やルールのもと行う経済活動からの脱却を目指しました。
様々な規制が不況の元凶であるかのように、構造改革と称して規制を極力排除するアメリカ的な新自由主義を取り入れてきたのです。
当時は規制は悪であり、経済成長の足かせであると官民あげての大合唱だったと記憶しています。
こうした新自由主義は理想論、目指すべきものとしてはあり得るかもしれません。しかし、現実はご承知の通り、特定の資本家が莫大な利益を独占する、有史以来繰り返されている特権階級のための“定番の結果”が起きているにすぎません。
アメリカ的新自由主義は結局、一部の特権階級が昔を取り戻すために仕組んだ陰謀であると真面目に言う人も出てきており、そうした主張も全くのでたらめとも思えないように感じてしまいます。
新自由主義はそうした不条理さを表面化させましたが、一方で金融に関しては、新自由主義とは相いれない点から不条理な側面が表われています。
新自由主義では、金融も市場原理を原則として、中央銀行は貨幣供給量の適正化、つまりインフレにならないような政策に注力すればいいはずです。ところが現実は違います。
今の黒田日銀総裁になってからいっそう拍車がかかっていますが、極限までの金融緩和によるお金のバラマキが何年も続いているのです。
お金をばらまけば経済が活性化するだろうと真面目に考えているのか、あるいは我々一般人には知られたくない裏の政策のためにやっているのか、何かとんでもないことをしているように思えます。
需要がなければ経済が活性化しないのは、経済学を知らない素人でもわかる理屈です。
したがって、需要創造につながる経済活性化政策に注力すべきで、お金をばらまくだけでうまくいくはずがありません。ましてや、ばらまきは市場を歪めますから市場原理にゆだねる新自由主義とも整合せず、今の金融政策はいったいどういう理論を根拠に行っているのか皆目わかりません。
そして、もっと不思議なことは、経済学者やエコノミストといった経済の専門家が、こうした矛盾を抱える政策に対して、ほとんど声をあげてないように見えることです。
岸田首相の“新しい資本主義”はコロナ禍の影響なのかまだ詳細が明らかになっていませんが、この問題の処方箋が含まれることを期待しています。