ソーシャルメディアといえば、YouTube、Facebook、Twitterなどが広く利用されています。
これらは誰でも自由にコンテンツや意見を発信でき、見る側は自由にコメントできることで双方向性の機能があり、コミュニケーションツールとしての特徴があります。
こうしたツールはひと昔前には想像もできず、便利な世の中になったものだとあらためて技術の進歩に驚きます。
しかし便利な面がある一方、負の側面もあります。
その代表例がトランプ氏のTwitterによる一件です。
トランプ氏は大統領選挙の結果を受け入れられず、Twitterを使って国会議事堂に向かう抗議のデモを呼び掛けました。
その結果、本当にデモが行われ、参加者はあろうことか議事堂に侵入し、死者まで出してしまったのです。
いつの時代にもアジテーションをする人はいますが、現職大統領が人々を扇動して問題行動を促したことには驚きました。
本当に21世紀の出来事なのかと仰天したと同時にソーシャルメディアの将来に不安を覚えました。
トランプ氏は自分の言動がこんなことを引き起こすとはおそらく想像せず、いつもの軽い気持ちで素直に自分の思いを発信したのでしょうが、この一件でソーシャルメディアのパワーが想像以上に大きいことが明らかになりました。
使い方によっては、正義に反する情報や意見を広めることが容易にしかもほぼノーコストで出来てしまうのです。
特に権力者や影響力のある人にとっては非常に使い勝手がよいものと言えるでしょう。
ソーシャルメディアを公共空間としてとらえ、公共なのだからむやみに規制するべきではないとする意見があります。
私は公共空間だからこそ、交通ルールがあるように、一定の規制をする必要があると思います。
そうでないと、トランプ氏の一件を出すまでもなく、非正義の温床になり、社会の安定や進歩に反する堕落した存在になりかねません。
FacebookのCEOのザッカーバーグ氏は10年もすればAIがソーシャルメディアから有害情報を排除することになるだろうと言っています。
AIの可能性を信じているのか、有害情報の排除が困難なことを理解したうえでの責任回避なのかよくわかりませんが、ザッカーバーグ氏のような優秀な頭脳と巨万の富をもっている人はそれらを規制やルールの構築に積極的主体的に活用していただきたいものです。
それがソーシャルメディアから収益を得ている者の責任というものです。
ソーシャルメディアはまだまだ発展途上で、人間でいえば青年期の段階にあるとあらためて思います。