安部政権において、マクロ的には賃金の上昇がないこと、非正規の拡大、格差是正など、賃金や報酬の問題について議論はされていました。
この問題は様々な論点、視点があり一概には言えませんが、国の政策と企業の施策が相まって、この30年間ほどで賃金や報酬面が酷く歪んでしまったことは間違いないでしょう。
岸田政権になり、この問題をあらためて格差の問題と認識し、分配を正す方向性は表明しましたが、具体的な政策は賃金増額の依頼と法人税減税しか見えていません。
さらに、ここへきてあらためて疑問に思うのは、企業側の方向性が全く見えないことです。
現在は企業業績が低迷しているわけではありません。
確かにバブル崩壊時には相応の危機があり、多くの企業において様々な危機回避策をうち、非常な努力の結果が今であると言えます。
しかし、以前にも書きましたが、株主への配当は5倍を上回るレベルで増額され、役員報酬は億単位の者が数百名になり(情報公開されている上場企業のみ)、この30年間でかなりの増額です。
内部留保に至っては480兆円との報道もあります。
しかし、賃金は上げていない。
なぜこんなことになってしまったか。
国の政策と企業の施策が賃金上昇に全く目を向けてこなかったのが理由であることは間違いありません。
しかし、国民の側にも要因があると思うのです。
世帯年収は、幸か不幸か共働きが広まったおかげで大きな減収とはなっていません。
つまり、母子家庭や貧困レベルの方(別途大きな問題として対応が必要ですが。)を除き金銭的にあまり困っていないのです。
困っていないので国や企業に対して批判的な声を上げてこなかった側面があるのではないでしょうか。
困っていないのでこのままでいいとすれば、それは違います。
賃金上昇がない社会とは、社会全体の経済成長がない社会を意味します。
(今は低成長でその果実を一部の人で独占していますので、論外に酷い社会ですが。)
今ある資産、公共財といった公的資産から民間資産、つまり様々な施設、設備を更新せず、使いまわすのであれば経済成長は必要ないという机上の空論はあるかもしれませんが、そんな社会があり得るでしょうか。
現在のような安全で便利な社会は経済成長があってこそ実現可能であり維持もできるのです。
今、十分に楽しく生きられるから賃金上昇など望まないと考えると、社会全体がシュリンクし、後世の世代につけが回ります。
現代人による自然破壊も怖いですが、利己主義による社会破壊もあり得ることを忘れてはいけません。