丸山真男が著書「日本の思想」で日本社会には被害者意識が蔓延していて、それはタコツボ型社会のなせるところであり、欧米のササラ型社会にはない特徴であるとしています。
欧米のササラ型社会とは、根本が同じ(根本はヘーゲル哲学としています)で箒(ほうき)のように先に向かって細かく枝分かれしており、根本が同じであるためお互いの意思疎通も容易であり、どこかで同質だという意識があるということです。
一方、日本のタコツボ型社会とは、タテ社会により所属が違う者は意思疎通に欠け、分断意識が強く、隣の芝生は青く見えてしまい、被害者意識を醸成してしまうと分析しています。
タコツボ型で被害者意識醸成の是非はともかく(その傾向はあると思いますが)、タコツボ型では注意をしていないと、排他的な色彩が強くなりやすいことは間違いないでしょう。
しかも、タコツボにいるタコはそこが出口のない世界とは思いません。
そこがタコツボの恐ろしいところで、その点に気づいていないと悲劇が生まれます。
まさかいつもタコツボタコツボと念じているわけにはいかないでしょうが、案外笑い話でもありません。
タコツボと実際に念じるわけではありませんが、自組織がタコツボになっているかもしれないという意識を得られるための“場”をつくるのが望ましいと思います。
具体的には、時折自由になんでも話せる場を作り、特に自分達の組織の良いところと悪いところを忌憚なく話せることが重要です。
つまり、安心・安全な場を確保しなんでも口にできることが肝心であり、優れた組織はそれを何らかの形で、重層的に取り入れています。
もちろん、個人の在り方も忘れてはなりません。
自由にものが言えるとはいえ、被害者意識や要求ばかりで当事者意識の欠ける発想でものを言っていては本末転倒です。
それを避けるには、一人ひとりが内と外の違いを健全な批判的思考で認識することが必要で、そのためには日頃の行動が問われるのではないでしょうか。
組織外の様々な人々と定期的に交流し、考え方や価値観の違いに触れることで、自らの視座と視野を広げる努力を忘れてはいけません。
最近はSNSの活用により外の人との関係構築もずいぶんと容易になりました。
そうした新しいツールを上手に利用してより広い関係性の構築も大切です。
また、学びのネットワークも営利非営利で様々なものがあります。
そうした“つながり”を無形の資産として、一種の『ソーシャル・キャピタル』として認識し、育んでいくことは楽しいし、何よりも喜びを与えてくれます。
人は人間とも表現しますが、まさに人(ひと)との間(あいだ)に生きているのです。