日本では1950年代終わりから60年代の始めにかけて「職務給」の導入を目指した時期があります。
仕事の難易度や責任の重さで給与を決めるもので、最近話題になっている「ジョブ型雇用」に類するものと考えてよいと思います。
仕事により給与が決まりますから、合理的でフェアな制度と言えます。
しかし、定着はしませんでした。
ご承知の通り、その後日本は高度経済成長となり、環境変化が大きく、仕事の内容がどんどん変化し、「職務給」で定義することが追いつかなくなり、結局「職務給」はそうした変化にうまく適応することができなくなりました。
そのため仕事ではなく能力を軸にした「職能給」を導入し、人事制度の軸を「職務」中心から「能力」中心に変えたことで、長い間日本企業の人事制度は安定して運用されてきたのです。つまり、能力を伸ばすことを主眼としたことで変化にうまく対応し、組織の成長にも寄与したのです。
その後、バブル崩壊後の閉塞状態のときに人事制度の危機が叫ばれ、「職能給」は年功主義に陥っているとの批判から、「成果主義」や「役割給」を加味したものへ変容してきています。
ところが最近になり、驚いたことに「ジョブ型雇用」と称して「職務給」の概念が亡霊のように蘇ってきています。
閉塞感のある時には、何か新しい制度を導入したくなるのが世の常です。
そのため、昨今のデジタル革命、グローバル化などに代表される大きな変化に対応するには、「ジョブ型雇用」、つまり「職務」を軸にすることでやる気を喚起し組織活性化が期待できると考えたのでしょう。
しかし実際には、「職務」を中心にした制度は、継続する変化にはうまく対応できない特性があるのです。
第4次産業革命などと言われる昨今ですが、この動きはさらに大きな変化を伴って続く可能性が高いため、「ジョブ型雇用」を導入することは、レベルが低い打ち手と言えるでしょう。
若い世代は相対的に給与が低いことへ反発があり、その対応として「ジョブ型雇用」を適用して、能力があれば高い給与を保障したいとする考えもあるようです。
一次的にはそれでいいかもしれませんが、変化は常に起こります。その都度「ジョブ」の定義と処遇のレベルを決定するのでしょうか。そんなことは煩雑で適切に運用するのはかなり難しく、様々なクレームが出てくることは容易に想像できます。
そうしたクレームを防止するために、定義そのものをラインに任せるところもあるようです。そうなると全体観をもって定義することは難しく、また、「ジョブ」に見合った給与をどのような基準で決定するのかもよくわからなくなってきます。
「ジョブ型雇用」は、一部の特殊な能力を有する専門家に限って適用すべきであり、多くの人材(管理職含めて)を対象に導入するのは避けたほうがいいのです。
変化に対応することが仕事の本質であり、さらに言えば誰がやるのかよくわからない仕事を拾うのも大切であり、そういった対応能力を軸に処遇することでお互い様の風土が保たれ、信頼に満ちた組織が維持できるのです。
人事制度はそのための制度であるべきです。