成果を出して優秀(と思われている)な人が早くマネジャーに昇格することがよくあります。ところが、マネジャーとして人を率いて同じような成果を出せるかというとそうでもないことは少なくありません。プレイヤーとマネジャーの違いといえばそれまでですが、そこには大きな隔たりがあります。
成果を出すと、それが成功体験となり、持論化され、それを部下にも強いる。強いているわけですから、部下からの反発が生じる。あるいは、持論が環境に適さないために上手くいかなくなる。わかっているはずなのに気がつかないうちにやってしまう。優秀なプレイヤーから無能なマネジャーへと転がり落ちるジェットコースターの始まりです。
いったいどうしたらこの持論押し付け病から脱却できるのでしょうか。気がつかないうちにやってしまうのですからなかなかやっかいなことはいうまでもありません。
効果がある方法として、部下に指示するまえにどうする、どう考えると聞くことがあります。言いたいことを我慢して聞く。部下に考えさせることを徹底する。さらに言えば、共に考える。
部下によっては、うちのマネジャーは全然考えない、すべて部下に考えさせると揶揄する者も出てくるでしょう。でもいいのです、部下が成長しチームとして成果が上がればいいのですから。マネジャーとして部下には模範を示さなければいけない、などと肩に力が入ると持論押し付け病が頭をもたげてきます。
ドラッカーが、マネジマントに必要な真摯さを語っていますが、そのなかに以下のような一文があります。
“部下に脅威を感じる者を昇進させてはならない。そのような者は人間として弱い。”
部下が自分を追い抜くようにマネジメントすれば、部下の成長と成果の両得が得られる可能性大です。結果として、必ずマネジャーとしての評価は上がるでしょうし、自信にもつながります。
人の成長を後押しすることは、本来楽しいはずで、人間がもつ素晴らしい能力のはずですが、無能だと思われたくないばかりに、知っていることを誇示してしまう。そう思われたくない不安の裏返しで、マネジャーなどの肩書きがあると余計にもたげてしまう弱さです。
マネジメントに大切なことは、自分の成功体験は密かな誇りとして心にとどめ、チームや部下の成長に必要な視点を多く持たねばならないことをドラッカーは教えてくれています。