東芝の不正会計に関連して、監査を担当していた新日本監査法人に対し、金融庁から業務改善命令、課徴金支払い、新規契約3か月停止の処分が出され、監査クライアントの新日本離れといったことが懸念される状況となっています。

度重なる監査法人によるこのような不祥事は、監査制度そのものの有効性にも疑問を投げかけざるを得ないといった報道もあります。

司法試験についで難関といわれる公認会計士試験に合格した優秀な人材の集団である監査法人がなぜ何度も残念な事態を起こしてしまうのか、疑問を感じ、制度や方法、組織ガバナンスに瑕疵があるのではないか、と思っている方も少なくないでしょう。

弁護するわけではないですが、制度や方法については、先達の様々な努力により、相当緻密になってきており問題があるとは思えません。監査法人内では品質管理は最重要視され、そのチェックのために費やす時間も増加の一途をたどっています。それにも関わらず、たびたび耳を疑うような事態が起きるのは何故か?

誤解を恐れずに申し上げると、監査法人の組織ガバナンス、とりわけ職業倫理の組織内への浸透に、何か問題があるといわざるをえないでしょう。今回の事件でも、監査人としての基本的な態度である、数字をチェックした時に感じる疑問や違和感を重んじ、確認すべき点があれば確認するという基本行為を怠っていたとは思えませんが、クライアントからそれなりの説明があれば、それ以上を追及しない、突き詰めない“ゆるさ”が透けて見えてしまうのです。

世間ではこれを癒着、あるいは迎合と言いますが、監査法人はそのようには理解していないように思えてなりません。
ここでも誤解を恐れずに申し上げるとすると、世間と監査法人の常識が違っているのでしょう。


この世間の常識とのかい離は、一歩引いて広く見渡してみれば、監査法人に限った話ではなく、多くの組織においてよく起きる現象です。集団思考というものですが、自分たちの考え方に疑いをもたず、それが多数派になると反対意見を無視する状況に陥ります。人間集団の性とも言える現象です。

これを防止するには、何をおいてもリーダーの在り方が問われます。リーダーであるからこそ、常に自分の組織が偏った思考に陥っていないか自らを疑う態度や少数意見に耳を傾ける謙虚さが必要なのです。


組織は、人間性への理解を深め、組織の健全さを保つための仕組みや施策を講じる必要があります。特に専門家集団は、専門思考を土台とした独断思考に陥りがちですから、なおさら留意すべきなのですが、変わることのできない監査法人の現実を目の当たりにすると、この基本的な軸を外してしまっているようで残念でなりません。
殻を破る!進歩には欠かせない視点です。