マスコミも放射能の話ばかりせず、アメリカがしてくれたことを報道しろ! | bossclubブログ

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米軍精鋭部隊パラシュート降下し、 がれきの仙台空港を復旧ニコニコこの美談を国民に報道すべし!グー

どさくさにまぎれていまだに尖閣諸島にヘリを近づける中国のことは報道しないわパンチ!


アメリカ軍の美談も報道しないわ・・・パンチ!

風評被害をあおるだけの放射能の報道・・・ドクロ

日本のマスコミはどうなっとるんじゃいパンチ!


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C17輸送機


 「日本側はお手上げだった。だからノウハウを持ったわれわれが最初に復旧を手がけることにした」
 米空軍のブッカー大尉は24日付米軍準機関紙「
STARS AND STRIPES」でこう語った。大尉が所属する嘉手納基地(沖縄県嘉手納町など)の第320特殊戦術飛行中隊は16日、パラシュートで空挺隊員と装甲車ハンビーを宮城県松島町上空付近から空中投下した。
 目標は仙台空港。津波によって泥とがれきに埋もれて復旧のめどが全く立っていなかった。同中隊が空から降下したのは空港にいち早く陸路で入り、再開作業を始めるためだ。夜間や悪天候をついてひそかに敵の背後にパラシュート降下するのを得意とし、アフガニスタン戦争も経験した精鋭部隊の本領発揮だった。
 原子力空母ロナルド・レーガンも救援活動のため三陸沖に展開中だ。だが、いかに空母といえども大型輸送機は離着陸できない。物資の大量輸送を可能にする空港の重要性を熟知した上での判断があった。
 空港で米軍は自衛隊員らとともにがれきの撤去にとりかかり、3時間で大型輸送機C130が着陸できる長さ1500メートルの滑走路が完成。20日には、C130の3倍の積載量を誇る米空軍の大型輸送機C17が約40トンの人道支援物資を積んでアラスカから到着した。

米国防総省は現在、放射能漏れ事故を起こした福島第1原発の半径50カイリ(約93キロ)圏内への艦船の接近を原則として禁じている。
 放射能汚染を回避しながら、戦地同様の思い切った作戦を展開する米軍。原発事故では、放射能被害管理の専門部隊450人の派遣準備に入った。原子炉を冷却する真水を積んだ米軍2隻目のバージ(はしけ)船も26日午後、米軍横須賀基地を出港した。
 米政府は持てる能力を日本側にフルに提供する姿勢を見せている。それを後押ししているのは、最高司令官のオバマ大統領だ。
 対応は素早かった。
 地震発生から5時間20分後の11日早朝には、「日米の友情と同盟は揺るぎない」との声明を発表。昼の記者会見では「日本には個人的なつながりを深く感じており、悲痛な思いだ」と心情を吐露し、その後も8回にわたり日本の災害に言及し、日本を励ました。
 世界各国で突出した米国の日本支援は、むろん人道的な側面だけではない。東アジア地域で、自由と民主主義という共通の価値観を持つ日本の復活が、地域の平和と安定に不可欠との認識がある。オバマ大統領が震災後、何度も日米同盟を強調するのはその証左だ。
 米軍と自衛隊が一体となった救援活動を「有事で日米が同盟力をいかに発揮するのか、国際社会が注視している」(陸自幹部)のも事実だ。日本が米国の同盟国として汗を流した実績も米国を突き動かしている。
 アフガン戦争ではインド洋で補給活動をし、イラク戦争では、どの国よりも早く「支持」を表明し、自衛隊をイラクに派遣。このとき、小泉純一郎首相(当時)はくしくも「有事に頼れるのは米国だけだから支持する」と語っている。
 元国防次官補のジョセフ・ナイ米ハーバード大特別功労教授は「友人である同盟国日本への心配と、悲劇から立ち上がる日本人の力をたたえる気持ちから米国は支援している」と語った。(ワシントン 佐々木類)


米軍輸送機 仙台空港を復旧させ巨大輸送機C17で毛布など93トン 
東日本大震災の被災地への支援に各国も活発な動きを見せている。米軍横田基地(東京都福生市など)には、在日米軍だけでなく、各国の軍用機や民間チャーター機が飛来し、被災地に支援物資を届ける拠点となっている。米軍が震災直後から始めた支援活動「トモダチ作戦」だ。20日、同基地から仙台空港に向かった米軍の大型輸送機「C17」に同乗し、支援活動を取材した。

在日米軍は支援物資の輸送路確保のため、震災直後から仙台空港の復旧に着手した。16日には同空港に輸送機「C130」が着陸できるまでに復旧され、20日にはC130の3倍以上の最大積載量がある「C17」が離着陸できるようになった。

同乗したのは、横田基地を出発したC17輸送機2機のうち米太平洋空軍エルメンドルフ基地(米アラスカ州)所属の1機。前夜に米国から民間機で届いた毛布やビニールシート、衛生用品などの支援物資約93トンを積んで午後1時半過ぎに離陸した。
仙台空港までは約45分。機内でステファン・マロリー乗組員(41)が「テレビや新聞で被害を見て、本当に衝撃を受けた。(05年に米などを襲った大型台風)カトリーナを思い出した。同盟国として最大限の支援を続けるつもりだ」と話した。
到着すると、待ち受けていた米軍関係者があわただしくフォークリフトで積み荷を降ろし、待機していた車両に積み込んだ。目を奪われたのは、いまだ車やがれきで埋もれたままのターミナルビル。滑走路脇の草むらには貝殻や海藻が残されたままで、津波の威力の大きさを物語っていた。