折角千葉に来たのだから海に行こう、という事になった。富津や御宿など、名の知れた浜ならいくらでもある。だったら九十九里に行こう。「つくもざと」って読んだら「その方が読み方難しいじゃんか!」って突っ込まれました。ボーズに。(ウソ)
そういう訳で僕らは一般道を九十九里に向かった。僕は平日が休み。平日の暴走じゃなかった房総半島の道はやはり空いていて、しかも内陸部には信号機もあまり無いので止まる事が殆ど無い。だから燃費も良いし快適だし、言う事無し。ボーズは隣のツレの膝で天使のように眠っている。天使の眠りを乗せた青い流星号は五井から九十九里までの三時間弱の道のりをひた走った。いや、僕も天使が眠っているところを実際に見たことは無いんですけどね。単なる例えですよ。例え。ね。
海です。
以前東京に住んでいた頃、夏には友人達と良く御宿や千倉まで車で海水浴に行った。
夜十時頃に集合して下らない話やゲームなんかしながら時間を潰して、夜中の二時に出発、浜辺に到着するのは大体朝の七時とか八時だった。
でもさぁ、朝の七時に浜辺に着いたからって何すれば良いってのよ。まだ太陽も出てないのに砂浜にマット広げて寝転がってたりしてましたよ、仕方ないから。あれってヤだったなあ。言わなかったけど。
海に行くまでの車の中はわいわい騒いで楽しくて好きなんだけど、海に着いたら太陽にじりじり照らされながら寝てるだけなわけじゃないですか。しかも徹夜で行ってるから眠いのね。そんでもって苦しいの、あれ。太陽じりじりだから。眠いわ暑いわ眠れないわでも眠くて動けないわで、どうしてあんな苦しい思いしなけりゃいけないのかさっぱり解らなかったよ。今も解らない。
ある時なんか四人で行って、二人は浜辺に喜んで出て行ったけど、僕ともう一人は「暑いからヤダ」とか言って、エアコン効かせた車の中で二人が戻ってくるまでカーステレオ黙って聞いてた。日焼けして戻ってきたふたりに「お前ら何しに来たんだよ!」って怒られたけど、暑いのはホントにヤダったんだもん。でもわいわい行くのは好きなのね。だから一緒に行く事は行くの。でも着いたってどうせ寝てるだけなんだから、車の中で寝てたっていいじゃん、別に。
海に着いたら天気悪くて車の中でしりとりしながら太陽待ちなんて事もあったなぁ。でも眠いもんだから、順番になってもなかなか次が出なくて、数分間の沈黙の後で「カンロあめ」とか聞こえてくるの。で、また数分後に別の声で「メロン」とか聞こえてくると、更に数分後に「んって付いてるじゃん」って声。数分毎に「んじゃあ、めだか」「カレー食いたい」「れ?それともい?」「単なる願望」「真面目にやれよ」そんな状態で真面目も何もあったもんじゃない。仕舞いには何の為にやってるのかも解らなくなってる。
話が逸れました。要するに、五井に住んでれば、八時に家を出ても十時には海に着いちゃう。これは嬉しくて、何度か九十九里には行きました。
さて。
つづく