ボストンテリアと出会う 後編 | ボストンテリア日記~僕とボーズと時々ツレ

ボストンテリア日記~僕とボーズと時々ツレ

 僕が出会ったボストンテリアという犬とそれにまつわる生活についての記録です。名前はボーズ。僕のツレが逢わせてくれました。
 更新は週に一回くらい出来れば良いなぁと思ってます。
 時々くすりとでも笑って貰えれば幸いです。


 前回からのつづ


 菊池のそのお宅には、生まれて二ヶ月の仔犬三頭を含めてボストンテリアが七頭いた。
 その中の二頭は表で暴れまわっていた成犬のオスで、玄関口でわうわうと吠え立てた二頭は母犬とその息子だという。
 この息子は昨年生まれたのだけれど引き取り手が現れずに、結局そのままここで暮らしているのだった。何となく不憫な感じ。口の中で何かコロコロ音がしている。時々ほっぺたが丸く膨らんだりしている。なんだこれ。その家のおばあちゃんが教えてくれた。
「ああ、それ。カンロアメなめてんの
 なんと!!口の中でカンロアメを転がす犬!犬などというものは、飴玉などやればすぐにでも噛み砕き飲み込んでしまうものだと思っていた僕は仰天した。そしてこの時気づくべきだったのだ。このボストンテリアという犬は、凶暴なだけでなく、頭も良ということに。
 そして七頭のうち残り三頭が今年生まれた仔犬たちだ。二頭がオスで一頭がメス。オス一頭はすでに引き取り先が決まっているという。
 ツレは今年生まれた一頭を貰い受ける約束だと言うがしかし、こいつらの親は、外でわうわうと吠え立てて暴れていたそして今も暴れている凶暴な白黒二頭なわけだ。奴らが体当たりするのでフェンスががしゃんがしゃんと大きな音を立てている。見た目も白黒で、仔犬はそいつらと(当然だが)そっくりだ。
 何という事だ。気持ちは海よりも深いブルー。僕の部屋にはただでさえ変な生き物が住み着いてしまっていて、こいつは僕が朝仕事に出かける時に燵から首だけ突き出して「いってらっしゃ~い」などと呪いの言葉を吐くのだ。それなのに更にそれに加えて、角のように尖った耳をして口が耳まで裂けた悪魔のような姿をした白黒の凶暴な獣がわうわうと吠え立てながら部屋の中を暴れ回る事になるのか。炬燵から突き出た首と暴れ回る悪魔。これが地獄でなくて何であろう。
 途方に暮れて仔犬を見つめる僕の様子を見て、残ったオスかメスどちらでも連れて行って構わないとおばあちゃんは言ってくれた。多分オスかメスのどちらかで迷っていると思ったのだろう。折角ですが僕どちらも要りません。悪魔を飼うつもりなんかないんだもん。
 しかし良く見るとメスは色使いが左右対称でカッコ良く、素人である僕の目にも器量良しである事が解った。ふむ。中々可愛い。顔つきも優しげ。女の子だってのがいいのかも知れない。やはり仔犬というものは可愛いものだと思ったがいやいやいかんいかん、うっかりするな俺。騙されるな俺。
 残ったオスの仔犬は色使いが偏っていて、所謂ミスカラーだった。顔の向かって右が黒く、左側は白い。出来の悪い末っ子といったところか。顔つきも不細工だ。でも愛嬌のある面白い顔をしている。抱き上げると僕を見て嬉しそうに笑った。確かに笑った。可愛らしい微笑み。思いがけず胸がキュンとなる。


天使の微笑み

                 天使か、悪魔か


 いやいやちょっと待て、女子中学生じゃあるまいし。危ない危ない、騙されるな。こいつの微笑みは悪魔の微笑みだ。
 騙されまいと抱え上げて床に立たせたが、正座した僕の膝に伏目がちによちよちと歩み寄り、ぴょこんと飛び乗ろうとする。小さいので上りきれずに、足をばたばたさせている。駄目だよなどと呟きながらもう一度床に戻したがやはり伏目がちに歩いてきて膝に飛びついて足をばたばたさせる。見ていたおばあちゃんが面白がってやってみたが、こいつは何度でも同じ事を繰り返した。余程僕の膝が気に入ったのか。身体が小さいのでそれほど高くは飛べずに、自分の身体よりも高さのある僕の膝に、前足でしがみつきながら後ろ足をばたばたさせている、その姿。
 ……やられた。僕はやられてしまった。可愛い。何て可愛いんだ。こいつは僕の、この僕の膝に乗ろうと一生懸命になっているツレではなく、おばあちゃんでさえもなく、こののこのに。騙されたっていい。こいつはきっと天使だ。神様がきっと、きっと間違えて地上に降ろしたんだ。僕の為に。そうに決まっている。そうでなければどうしてこいつはこんなに必死になって僕の膝に乗ろうとしているんだ。説明がつかないじゃないかキュートに尖った耳。可愛い白黒。愛嬌のある円い目、低い鼻、大きな口、そしてあどけない仕草。ああ何て可愛いんだ。一体どこのどいつだ、こんなに可愛い仔犬を悪魔呼ばわりなどする奴は。そんな輩は地獄へ落ちてしまえ!そう、地獄へ!


 取り合えずその日は仔犬に会いに行くだけの予定だったので、僕の膝で眠る天使を一旦降ろして、そのお宅を辞する事にした。帰り際に仔犬のお兄ちゃんが僕ら二人を玄関まで送ってくれた。彼は口の中で未だにカンロアメを転がしている。カンロアメを口の中で転がす技を持つこいつの弟なら、うちに来るこの子もきっと賢く面白い違いない。
 帰ろうとする僕らに、おばあちゃんが何故か不安そうに訊いた。
「今日連れて行くとね?」
「いいえ、今日は一旦帰ります」そう言うとおばあちゃんは明らかにほっとした顔をした。解る解る。そりゃそうだろう。何と言っても僕の膝で眠っていたのは天使なんだから。その天使を連れて行かれるときの気持ちは想像に余りある。お気の毒である。聞けばおばあちゃんは毎晩この子と一緒に寝ていると言うではないか。そうかそうか、君はおばあちゃん子だったんだね。道理で優しい感じがすると思った。
 おばあちゃん、どうぞ天使との残り少ない時間を大切にして下さい。この白黒の天使はもうすぐ僕の家の一員になります。

 僕は何か大切な事を忘れているような気がしきりとしたのだそれが何だったのか、その日は結局思い出せなかった。それが「子犬など貰わないという決意」だったのを思い出したのは、その子犬が家にやって来た後だった……。


「ボストンテリアと出会う」わり


回は「ボストンテリアの名前を決める」だ!