ボストンテリアと出会う | ボストンテリア日記~僕とボーズと時々ツレ

ボストンテリア日記~僕とボーズと時々ツレ

 僕が出会ったボストンテリアという犬とそれにまつわる生活についての記録です。名前はボーズ。僕のツレが逢わせてくれました。
 更新は週に一回くらい出来れば良いなぁと思ってます。
 時々くすりとでも笑って貰えれば幸いです。

 それは僕が熊本に住んでいた時の事。会社の命令で、観光でも来た事の無い熊本に渋々赴任して早二年半経っていた。季節はもうすぐ春。その頃、何時の間にかツレが押しかけて来て僕の部屋に住み着いてしまっていた。この人は「来てあげたんだから感謝しなさい」とかノタマッて、せんべいを齧りながら昼ドラを見て、帰宅した僕に一方的にその昼ドラの報告をするのを日課にしていた。
 ある夜僕が帰宅するや否や、出迎えた事などなかったそのツレが玄関口に走ってきて叫んだ。
「ボストンテリアって知ってる?仔犬を貰えるの!」
 僕はその声の大きさに脅える方が先で、言っている内容については把握出来なかった。本人は普通のつもりだったらしいが、それはほとんど叫び声だったのだ。恫喝と言ってもいい。
 僕は恐る恐る答えた。
「ボストン?オレゴンになら友達いるけど?でも奴は猫派だったと思うよ」
「何言ってるの?仔犬よ仔犬!ボストンテリア!」
「あーゴメンゴメン、あいつは去年日本に帰って来てるんだった」
「そうじゃないの、貰えるんだってば!」
 彼女はボストンの事を知っているかどうかを質問してるんじゃないのか?昼ドラの新しい展開で、ボストンが舞台になってるんじゃないのか?確かあったよなぁ「オレゴンの青い空」ってドラマ。だからボストンについて質問してるんじゃ?そこに子犬が出てきて……いやしかし低予算の昼ドラで海外ロケは無いか。う~むどうも話が通じない。落ち着いて聞いてみると、話はこういう事だった。
 上通りと言う熊本の商店街の裏にあるカフェの中で鼻がつぶれた白黒の犬が走り回っているのを見た彼女は、そのボストンテリアと言う犬についてカフェのオーナーに話を聞いてみたら何故かブリーダーのお宅に話が通
ってしまい、仔犬を貰える事になったという。当時ボストンテリアはまだ知名度は低く、その名前を言っても解る人は少なかった。
 なあんだそういう事だったのか、っておいおいちょっと待て。君は君の他にも何か生き物をこの部屋に住み着かせようと言うのか。しかもこのマンションはペット禁止なんだぜ。確認してないけど、多分ね。だってペットを飼うなんてつもりは今まで全く無かったんだから。


 その週の日曜日。そのブリーダーのお宅に仔犬を見に行く事になってしまった。そこは菊池という土地で、僕が住んでいる熊本の市内からは結構遠く、歩いたりバスを使ったりしていたらたっぷり二時間はかかりそうな場所だった。
 熊本は東京のようには交通網が発達していない。市内に路面電車はあるものの、交通手段は主に車である。免許は持っているくせに、右を指差しながら「そこ左に曲がって!」と叫ぶガッツ石松のような「ガッツ脳」の持ち主であるツレは運転をしない。僕の憧れは女性が運転するスポーツカーの助手席でドライブをする事なのだとかつて熱っぽく語ってみたが、無駄だった。未だにツレは運転しようとしない。だからドライバーはいつも僕だ。仕方なく彼女をその家に乗せて行くだけで、僕は犬を見るだけで帰ってくるつもりだった。飼うつもりなどさらさら無い。
 場所はガッツなツレの案内に頼らざるを得なかったので、あちらに迷いこちらに入り込みして大変だった。出発した頃はまだ明るかったのに、やっとのことで辿り着いた時、辺りは既に薄暗くなり始めていた。
 その家は農家のようで、門扉を抜けると広い庭があり、農機具などが置かれている。その広い庭先にはフェンスで囲われた一角があり、中で犬が数頭走り回っていた。ゴールデンレトリバー二頭、鼻の低い耳の尖った白黒の犬が二頭。身体は首から下に黒いタイツを着たように見える変わった模様だ。この白黒二頭が、耳まで裂けた口(犬は大概そうだけど)で凶暴に吠え立てる。こいつらがボストンテリア」だったらだなあ思った僕の気持ちは、暗い森に迷い込んだ子供のように不安だった。
「こんにちは~」
 玄関の戸を開けて声をかけると、外で走り回って居たのと同じ色をした白黒の犬がだだだっと駆けて来てわうわうと吠え立てたかと思うと踵を返して走り去った
 僕とツレが顔を見合わせているとその直後、少し小ぶりの白黒がやはりだだだっと駆けて来てわうわうと吠え立ててやはり踵を返して走り去った。なんなんだこれは。威嚇されているのか、それとも歓迎されているのか。
 部屋の中にはその他に犬らしきものは見当たらない。ということは、この家にはラブラドールとこの白黒しかいないようだ。消去法で行けばつまりはこの凶暴な白黒犬が「ボストンテリア」ということなのだった。僕のな予感はあっさりと当たってしまった。僕の人生はいつもそうだ。何か嫌な予感は必ず当たり、期待は必ず裏切られる。しかも白黒なのだ。凶暴なのだ。胸が暗く塞がった。どうしよう。いやいや待て待て。僕はただ単に犬を見に来ただけなのだ。貰ったりしなければ良いのだ。何も暗くなる事は無いのだ。安心しろ、安心しろ。僕は自分に言い聞かせた。