友人が永い間、倫理研究所の早起会に入会し、講演などを行っているようです。
二回ほど連れていかれた事がありました。
しかしわたしは入会するつもりにはなりません。
彼が先日、10冊も「職場の教養」という本を置いていきました。
中を見ると「今日の心がけ」と称して31日分の「何々しましょう」という息がつまりそうな立派な言葉が書かれているのです。
その中には「嫌がる心をなくしましょう」「「心の曇りを取り去りましょう」「困っている人に手を差し伸べましょう」「言葉に心を込めましょう」等などです。
確かにその通りに生きれれば問題はないのですが、そのように生きられないのが人間でもあるのです。
わたしなどはついていけないのです。
如何にも落ち込みなさいとでも言われている様に感じてしまうのです。
禅門のお経に「七仏通戒偈」と云う短いお経があります。
「諸悪莫作 衆善奉行 自浄其意 是諸仏教」(諸々の悪を作(な)すこと莫(なか)れ、衆(もろもろ)の善を奉行し、自ら其(そ)の意(こころ)を浄くせよ、是れ諸仏の教えなり)
その意味は「悪いことをするな、善きことをしなさい、そして意(こころ)をきれいにすること。
是れが諸の仏の教えである」
といたって簡単な内容でしかないのですが果たして人間がこのように生きられるのでしょうか。
親鸞聖人は「いずれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし」
どのような行も修めがたき身であると言うのです。
さて果たして一般大衆は修行などできるのでしょうか。
現在の僧侶においても、どれ程の人が真の修行僧暮らしをされておられるのでしょうか。


