朝、掃除をしていると知人の男性と会いました。
新井さん幾つになった。何年たっても変わらないね、と声をかけると、もう82だよ、毎日歩いているからね、と笑顔で明るく嬉しそうに話すのです。
わたしは、そろそろ準備体操しておかなくてはねー、と意味深な言葉を言ってしまいました。
彼は笑いながらそうだね、と答えていました。
1月位前に、最近は運動不足なので虎ロープで縄跳びをしてみました。
跳びはねること30回位の所で右のふくらはぎの筋がプツンと音がして切れてしまったのです。
暫くは痛くて、まともに歩くことも出来ませんでした。
医者にも行かず何とか治ってきました。
洗面所にティシュボックスが縦にかけてあります。
中から紙を早く引っ張ろうとすると途中で破れてしまいます。
紙の身になってゆっくりと引っ張らなければならないのです。
準備体操には体の準備体操と心の準備体操があるのではないでしょうか。
心の準備体操とは死に対しての準備です。
後味という言葉があります。
あの人はいい加減で残った家族は大変な思いをされたことだろうね、などとは言われないように後始末をしておくことも大切な事でしょう。
昔、ある病院の副院長さんが癌だと言って電車に飛び込み自殺をされたことがありました。
当然、多くの人に迷惑をかけたことでしょう。
医者で人の病は治せても自分の病気は治せなかったのです。
心の準備体操が出来ていなかったのです。
一生懸命という言葉があります。
懸命に今を生きる、という意味でもありましょう。
中国の朱子の言場葉に「少年老い易く学成り難し」
若いうちはまだ先があると思って勉強に必死になれないが、すぐに年月が過ぎて年をとり、何も学べないで終わってしまう、だから若いうちから勉学に励まなければならない、という意味です。
又、「一寸の光陰軽んずべからず」や「光陰矢の如し」という諺もあります。
孔子の言葉には「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」。
子曰く「吾 十有五にして学に志し 三十にして立ち 四十にして惑わず 五十にして天命を知る 六十にして耳順い 七十にして 心の欲する所に従いて矩( のり) を踰(こ)えず」
多くの言葉は、今を大切に一生懸命に生きなさい、と説いているようです。
これが心の準備体操なのかも知れません。





