2001年9月。


アメリカ同時多発テロが勃発した9月。


このブログで何日か前に登場したAさんの御母様がお亡くなりになった(涙)。


決してテロに巻き込まれたんやないで(笑)。


この御母様、実は私とは・・・。


全く認識無かってん(笑)


「あの人にオカン居ったんや」


そない思うたくらいの人。


でも、御子息のAさんとは・・・。


ちょっとだけ知ってる程度


せやのに、御父様がお亡くなりになった際に告別式に参列してん。


まぁ、そのお陰で恩師と再会して人生が好転し始めたから、ヨシとしようや。


で、Aさんの御母様が亡くなられた訃報は、当時の社長にも届いた。


「□□、お前また葬式行っといてくれ」


「セメント誰が運ぶんスか?」


「1日くらい止めてたってエエやろ」


ホンマ、テキトーな会社やわ。


今回は、平日に行われた告別式。


流石に営業車を借りて行った・・・って可笑しいやんけ!


前の御父様の時は日曜日やってんで?


それなのに、営業車貸さへんって!


今回は、誰かの営業車借りて行ったんは憶えてる。


なんで貸してくれたか?


それは憶えてへん(笑)。


告別式当日。


棺をお持ちさせて頂いたのは、人生で2度目。


この時点では、その2回共がAさんの御父様と御母様。


「なんか縁があるんやろか?」


その時はそない思うだけど、告別式以降は会いも連絡もしてへん(笑)。


でも・・・。


恩師との縁は続いてた


平日やのに、告別式へと参列した大学教授の恩師。


告別式が終わった後、前回行ったメシ屋へ。


「先生、報告することがあります」


「何かエエ事でもあったんか?」


「宝くじで2等の100万円当たりました🎵」


メッチャびっくりしてた(笑)。


拾得物の御礼は2割って聞いてたさかい、封筒に入れた20万円差し出した。


私、こういうところはキッチリしてる。


「先生から貰った5000円で買った宝くじですから、少ないですけど受け取って下さい」


実に忠実な教え子や(笑)。


案の定、先生は受け取ってくれへんかった。


「これで気兼ねなく転職できるな(笑)」


「先生、普通は教え子に『仕事頑張れ!』言いますやん(笑)。教え子に『転職頑張れ!』言う先生、多分居てませんよ(笑)」


そんな会話をした記憶が(笑)。


なんせ、他の学生とは違う私。


せやから、恩師との会話もバカ話で盛り上がれた。


でもな・・・。


やっぱり現実は厳しかってん


なんべんも言うけど、当時は就職氷河期の真っ只中。


私が大学を卒業した1999年ですら、就職浪人は周りに居ててん。


特に女子学生なんて悲惨やったもん。


国立大学を卒業して、就職先は近所のほか弁屋とか。


男子学生の方がマシやったけど、周りで大手企業とか公務員に就職できた人って居てへんかった。


2000年卒業や2001年卒業の子も然り。


モチロン、仕事を選ばへんかったらナンボでもあってん。


でも、私もそうやったけど・・・。


大卒で給料15万円とかの

会社に誰が行くねん!


こんなんやから、みんな都会に行って地方は衰退するんやろなあ。


「□□、なんかしたい仕事とかあるか?」


恩師にそない言われても、よう答えんかってん。


給料面でもそうやけど、ホンマに自分が何したいんか分かってへんかったもん。


「先生、正直に言いますけど僕って目標持って大学来たんと違うんです。中途半端な気持ちで進学しましたから、何がしたいんか分かって無いんです」


流石の恩師でも、こんな答えされたら困るわなぁ。


ただ、こうは付け加えた。


「何がしたいって目標はありませんが、今でも頑張れてるんですから、働き始めたら精一杯頑張れます。ただ、今の会社の体制とか給料面とか見てたら、やっぱり中小企業で働くんは抵抗あります。かと言って、今から大手企業なんかで働くのは無理ですし。」


なんか、就職担当者と面談してた感じやった(笑)。


就職の相談って、ホンマ困る案件やな(笑)。


別に相談してた訳やないけど、恩師としては私を助けたい一心やったみたい。


そんで、何気なく聞かれた。


「□□、何か資格は持ってるんか?」


「何でも頑張れるっちゅう根性と、大型二種免許だけは持ってます。」


恩師、この「大型二種免許」に反応してくれた。


「□□、バス会社に就職してみるか?」


この一言から全てが変わり始めた。